The Wind of Andalucia 〜 inherit love 〜 16. 宴、導きの花 足早にバルドー館に帰ってきたクルーの元に、王宮からの使いの者が尋ねてきた。 次々と、届けられる数々の食材。 マリアを筆頭に屋敷内で、晩餐会の準備が慌しく進められている。 厨房を覗くサンジの眼に、食料品の中に鎮座する大振りの活きのいいタコがとまった。 「タコパ」なるものを作ってやると、盆に約束した手前、引き下がるわけにはいかない。 生タコを手に取り、塩を振り、ごしごしとタコ独特のぬめりを落としていく。 ぬめりと共に、指先から抜け落ちてゆく感情「嫉妬」サンジは、タコパの調理に没頭していった。 タコパかよっ!!ったく、オカマやろう 変なもん、注文しやがって 咥えたタバコの先に、料理人の意地が漂う。 ん〜タコパッパッ、タコタコ〜、 タコっつったら、アレだよな。タコ焼き。 しっかし、「パ」だぞ。生クリーーーーームたっぷりの甘ェヤツ… 料理人サンジの思考はめまぐるしく回転し、タコを使ったレシピを思い描く。 出てくるのは、どれもデザート「タコパ」ではない。 くっそったれがァ〜〜〜〜 っんなもん!!出来るかァ〜〜〜〜!!! 金髪をぐしゃぐしゃと掻き毟るサンジの鼻腔をくすぐる甘い香り。 厨房の片隅でデザートを作る料理人の手に持つビンから漂ってくるらしい。 貸してくれと、手に取り舐めてみる。 独特の酸味と甘さの絶妙なバランス、そして典雅な芳香。 ん……。悪かねェ〜な。 パチンっと、指先でビンを弾き、新しいタバコに火をつけ、タコとの格闘に挑戦していった。 色とりどりのフルーツを鮮やかな包丁さばきで、カットしていく。 タコの湯で時間を、絶妙のバランスで計算し、やや半生状態に仕上げる。 薄くスライスしたタコ、中心の透き通るような白さ。 先ほど見つけたビンの中身を、タコにかけてしばらく寝かせる。 生クリームを泡立てようとするサンジの手が、ふと止まった。 なめらかな乳白色の液体が、ゆらゆら揺れる。 揺れる乳白色の中にの斬られた胸元を、サンジは思い浮かべた。 白い乳の上に、一筋の赤い線。 血……出てやがったな…。…… ふっと思いついたように、ほんの一滴、ビンの中身を加え、泡立てていく。 カッシャッシャッシャッシャッ、サンジの手によって、液体は生クリームに変わっていく。 ん…?色が計算と違うが、まァ悪くねェな 薄く藤色がかったタコと、計算外の変化で、ほんのり蒼に染まった生クリーム。 各種のフルーツ。スポンジケーキの余り生地。器の中に、慎重に入れていく。 やがて、サンジの手によって創作された「タコパ」というデザートが完成した。 目移りするほどの、新鮮な海の幸をふんだんに使ったご馳走。 「肉ーーーーーーーーーーーーーーーっ」 喚くルフィ、普段と変わらぬ騒がしい食事の様に、あっけに取られるライル。 本来の人当たりの良さで、「お礼」は、すっきりはっきりと言い、あとはクルーの調子に合わせ、 いつしか心から、クルーの言動を楽しむようになっていった。 この海賊達のお陰で、国が助かったという思いよりも、の見違えるような変化が嬉しく、 また寂しくもあった。 この変化を自分が引き出すことの出来なかった男のエゴと、いえるものなのかもしれない。 が女性であったことの喜びが、ライルの鋭い勘を鈍らせる。 傍らで和やかに笑うの瞳に宿るものに、気が付きもしなかった。 運ばれてきた「タコパ」 「ぎゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜プリンスちゃん。あちしのために作ってくれたのねぃ」 感涙にむせび泣く盆ちゃん。 タコパは、ちゃんと人数分作ってあるあたりに、料理人サンジのプライドが見え隠れする。 恐ろしい物を見たかのようなクルーの引きつった顔と、相対的なルフィの顔。 ふごふごっと、口に含んだものを飲み込み、嬉々として、がぶっと食べたルフィの顔と盆ちゃんの顔が、見る間に緩む。 「うっめェーーーーーーーーーー」 「おいしいぃ〜〜〜じゃナーいのよう!まさに芸術ボンバイエ!レッスンレッスン踊っちゃうわよ〜〜〜ん」 「くそっうめェだろ」 サンジはできるだけ考えてる事を、クルーに悟られねぬように、陽気に振舞い、盆ちゃんとルフィと共に 「ジョーだんじゃ〜ナ〜〜〜〜いわよぅ」の掛け声で踊りだした。 踊りはクルーを巻き込み、晩餐会と言う名の宴会をいつもの調子で楽しみ、宴は盆ちゃんの独断場となり、 湿っぽさのかけらもなかった。 ライルの横に座るの瞳に宿るものに、耐え切れず宴を抜け出したサンジは、夜の藤棚の香りに包まれ、 紫煙をくゆらす。そんなサンジの耳に聞こえた足音。隠れる必要などないのだが、誰にも邪魔されたくない 今の自分を誰にも見られたくないという思いが、サンジの身体を闇の中に溶け込ませていく。 宴を同じように抜け出してきたライルとの会話が、聞くつもりではないが、サンジの耳に届いた。 「よいお仲間ですね。貴女が彼らを尊重するのが何故なのか、よく分かりました」 「……私は、彼らが好きです」 ライルにあずけた手を解き、垂れ下がる藤の花に手を伸ばし、あの日の藤の花を思い浮かべる。 麦わらクルーを好きという感情と、サンジへの好きとの違いに、戸惑い、小さくため息をつく。 やりきれない程の悲しみはどうして湧いて出てくるのか。目的は果たしたはずなのに、なぜこんなに 自分の心が沈んでいるのか。あの日のキスが、思い出され一瞬の煌きが心をかすめ、掴もうとした時、 の解いた手を再び取るライルの手に、阻まれた。 「様。私と一緒になりませんか」 手を離してしまったら、何処かへ行ってしまいそうなの表情に、ライルは決心し、繋いだ手を 心持、自分のほうに引き寄せた。 「えっ……」 繋がれた手には、なんの感情も湧かないが、ライルの口から出た言葉の重み、自分の行く末を決定する言葉に 戸惑い、心が漆黒の闇にのまれるような感覚を持つ。 「荒れ果てた国民の気を鎮めるために、このアンダルシア王国を守るために、貴女が王妃となり私と一緒に 国を治めるのが、正統ではありませんか。グラムオブハートの光。我、手にし光り輝く者、真の王者なり あの光は、私たち二人の手が合わさり、生まれたものではありませんか」 「……」 「迷いもあるでしょう。この国での貴女の暮らし…思い出は決して良いものでは、ありませんでしたから」 「ライル殿下……」 「二人で、見つけてみませんか?この王宮になかった愛というものを」 「私は……」 ライルの言葉に、自分はアンダルシアの王女であることの自覚と責任を強要された反発めいたものを感じるが 正論を通すライルの真摯な瞳を見ていると、何も言えず、心だけが空を舞い始めていった。 小さくなるライルとの声を聞きながら、サンジは胸の奥底に痛みを感じ、どうしようもない感情の渦に 巻き込まれていく。 くっそっ、の幸せって、なんだよ。 俺が、愛してやまないお姫さんの、本当の幸せって、なんだよ。 「プリンスちゃん」 足音もなく忍び寄る盆ちゃん。 「うおっ!!なんだよ!びびったじゃねェーーーか!!!おどかすな!!!!!」 もの思いに耽るサンジを驚かせる威力は抜群だったようで、げしげしっと盆ちゃんの腰のあたりを蹴りつける。 「何よう。蹴らないでよう!!!ちょっとぉちょっと、急展開きゅーーーーてんかいねぃ。びっくりこいたわねぃ。 流石、ライル殿下若き獅子vいい男は違うわよねぃ。あちしったらさ、惚れちゃいそうだわねぃ。 ちゃんvぷろぽーず受けるのかちらん」 サンジの驚きぶりを、さらっと流し、ふざけた口調とは裏腹な盆ちゃんの目が、サンジに注がれた。 「てめェも聞いたのかよ」 ぴたっと足を止め、驚いたさいに落としたタバコを揉み消し、新たなタバコに火をつける。 盆ちゃんから見え無い顔が、苛立ちの表情を見せた。 「聞ぃ〜〜〜〜たわよう。がーーーはっはっはっ!! で、プリンスちゃんは、どぅ〜〜すんのかしら?まさか??諦めるんじゃぁーーーナーイわよねぃ」 サンジの顔がよく見える位置にまわり込み、ずいずいっと、身を乗り出してくる。 「どうもしねェよ」 「ジョーだんじゃーナーーーーいわよう。浚っちまいなサイ。あちしだったら、浚っちまうわよう あちしたちは海賊よぅ。好きな女の一人や二人、どーーーんと、浚ってみせてこそ!男よねぃ」 「……それが、できりゃ〜〜〜苦労はしねェーーつ〜〜〜の!」 「ふん。あ〜〜〜んたねぃ、よ〜〜〜〜〜く、耳の穴かっぽじって聞きやがれ! ちゃんの危機に思わず駆け寄ったあ〜〜〜〜んたは、どこへ行ったのよぅ!? ちゃんが好きなら、浚ってやんなさいよう。 お姫さまだからって、ここでちゃんが幸せを掴めるのかちらん?」 サンジの煮え切らなさに、業を煮やした盆ちゃんが声のトーンを野太く落とし迫ってきたが、 「自分の足で立ち始めたちゃんを、無理矢理、浚うことが、彼女の幸せかよ? クソオカマの恋愛談義なんざ聞きたかねぇ。おとといきやがれ」 きゅっと、靴底でタバコを揉み消し、盆ちゃんに視線を合わせず、サンジは立ち去った。 「なによぅ!!!なによぅ!!失礼しちゃうわねぃ!ぷんぷん!まったく素直じゃナいプリンスちゃん。粋よねぃ はっ!あちしったら、うっかり惚れそうだわねぃ」 男相手に素直になるはずがないサンジの背に、怒ったりため息をついたりうっとりしたりと、忙しい盆ちゃんだった。 頭上を流れる夜の雲、雲間から零れる星空、風が藤の花を揺らし、香りを遠くへと運ぶ。 |