The Wind of Andalucia 〜 inherit love 〜 11. あの光の先に GM号に行く先を示すかのように空から零れ落ちた光の筋を道標とし、 洞窟までの航路上に横たわる海流エルキュールを、慎重に避け、風を味方につけ、進む。 エルキュールの脅威、海軍の手を逃れたクルー達に、一時の休息のような雰囲気が漂う中、 声を発する事もなく、は光の先を見つめ続けていた。 「おい、あの光……。何だろうな」 おやつだと告げにきたサンジに、ゾロが玉のように光る汗を拭きながら尋ねた。 「あぁ、さァーな、俺が分かるはずねェだろ」 咥えたタバコを軽く下唇でくいっと上げ、ゾロから視線を雲間から流れる光へと向ける。 「あぁ、そうだな。てめェにわか…」 サンジの視線の先に、同じく視線を移し、呟くゾロ。 「あぁん!てめェ喧嘩売ってんのかよ!!」 ゾロの何気ない言葉がサンジの癇に触り、いつものように、じゃれ合いの喧嘩が始まった所へ、 光をずっと、見つめ続けていたの声が割って入った。 「サンジ……」 船の行く先を照らす光を見つめ、立ち尽くす。 「ん?ちゃんどうした?」 ふっと、見ると、の手の中でグラムオブハートが揺れている。 「何だか、分からないが……。温かい感じがして……」 光へ近づくにつれ、グラムオブハートから発する熱が、温かくの中に行き渡り、 懐かしいものを感じ、は戸惑っていた。 「サンジィ〜〜〜〜、おやつ!!!!!」 海軍艦隊に対峙した時からずっと見張り台の上に居たルフィが、おやつの声に飛び降りてきた。 「てっめェ喰ってばっかじゃねェーか!!!!」 多少のいらつきをルフィにぶつけ、ゾロ共々さっさとうせろ!と、言わんばかりの視線を投げ掛ける。 「しっしっしっ。、不思議光だな」 サンジの視線をものともせず、おやつに一気に走っていこうとした足を、ぴたりと止め、 にっこりと、邪気のない笑顔をに見せ、ゾロに引きづられていくルフィ。 ゾロの顔には、上手くやれよ!ラブコックと言いたいような笑みが浮かんでいた。 「ちゃん」 の肩に置かれたサンジの手の温もりが、グラムオブハートの熱に加わり、の心に勇気を与え、 さらさらと風になびく金糸の音と真摯な蒼眼が、に無上の愛を伝える。 「サンジ……」 愛という理念をまだ理解出来ないは、目下の目標である事のみに、意識を集中し、 「絶対、やり遂げてみせる」という、決意だけを瞳に浮かべ、サンジから視線を逸らし、光の先だけを見つめた。 この光の先にちゃんの未来が待っている。輝かしい未来にするんだ。 自力で出来なきゃよっ……。俺がやってやる。俺達が傍にいるのを、忘れるな。 口から発してしまえば、陳腐な言葉になってしまいそうで、瞳だけに思いを籠め の瞳に浮かんだ決意を汲み取り、サンジもまた同じように、光の先だけを見つめた。 「見えた!!あそこだな!!!」 ウソップが見張り台から叫ぶ。 切りたった岸壁に、ぽっかりと口を開いた洞窟。その前に大きな岩礁が立ち並び、海上から一見するだけでは、 容易に分からないようになっていた。 岩礁を避け潮の流れを読み滑り込むように洞窟へと、GM号は進んでいく。 自然の造形美の中に浮かぶ洞窟の入り口、進むにつれ、ひやりとした風が流れる。 入り口から500メートル程進んだあたりで、錨を下ろした。 「さぁ!上陸だ!!」 女部屋で、は身に着けた物を脱ぎ、元の男の衣装を身に着けていく。 鏡に映る男装、以前と同じはずなのに薄紫の瞳に映るそれは、どこか奇妙で違和感を感じる。 どこが違うのか分からずにいたが、赤い髪を背で一本の編込みにし、腰に剣を携えて、女部屋から甲板へと踏み出した。 サンジの蒼眼に映る男装の。隠しきれないほころびかけた蕾のような色香に、眼が逸らせなくなりながらも、 それどころじゃねェと、気持ちを封じ込めるが、上手く行かず、ついついラブコックモードで紛らわせた。 「ちゃぁあああん!!?何で着替えちゃったのぉおお」 サンジが目尻に涙を溜め鼻水を流しハンカチを口に咥え嘆く姿に、多少の戸惑いと、心がくすぐられるものを感じ、 軽く笑ってこなし、グラムオブハートとバルドーの剣を抱え、大地に降り立った。 帰ってきた。 足に伝わる地面の感触。薄紫の瞳に映る景観。海燕のさえずり、ほのかな藤の花の香りが、 を歓迎するかのように、ざわめいた。 クルー達はそれぞれアンダルシア王国近衛兵に似せた薄い黄緑色のマントを羽織り、次々と降りてきた。 藤の島で揃えたマントにロビンとナミが、近衛兵の紋章に似せた刺繍を施し、中々立派な兵隊ぶりで の目から見ても、偽マントには見えなかった。 「さてと、。どっちへ行くのかしら」 「あぁ、先ずはこの崖をよじ登らなくては……」 洞窟の入り口まで戻り、切りたった岸壁を見上げる。 「オイ!ルフィ、出番だぞ!!」 「おっしっ!」 崖上で何が待ち受けるか分からないために、ゾロ、ウソップ、チョッパー、ロビン、ナミ、、サンジと順番に、 ルフィの背に捕まり、ゴムゴムの能力で一気に上る。 途中、びびったウソップが、海に落ちそうになり、ロビンのハナハナの能力で助けられるという事態もあったが、 なんとか無事に全員が上がりきった。 崖下でほのかに香った甘い香りが色濃くなり、山のあちらこちらに自生する山藤が、風のざわめきを受け、花を散らす。 帰ってきた。やっと…… 右手の山を二つ越えた先に、第一港「ルーファサス」正面の山を越えれば、王宮とバルドーの館のある「オキアニア」 は「オキアニア」の方角に、真っ直ぐに視線を向け、三本の剣を抱く手に青白い筋を浮かべ、 祈りの言葉を呟き、頼もしい仲間を振り返った。 「ルーファサスに行くより、真っ直ぐに、王宮のあるオキアニアを目指そう。ライルの身が心配だ。 正面から、王宮に乗り込むのは得策ではないであろうから バルドーの館から隠し通路を通り、王宮に偲びこもうと、思う。 バルドーの館が、どのような状態かは分からぬが……」 考え抜いた作戦を淡々と話し、一番頭脳面で頼りになるナミの賛成を仰いだ。 「そうね。海軍が出てきている今、わざわざ入り口の街で情報収集する暇は無いわ。 王宮にいるのが、ライル殿下か偽者かは、まだ分からないけど……。 切り込み部隊ルフィ、ゾロ、サンジ君。援護部隊ウソップ、チョッパー、ロビン。大将はで決まりよね」 「オイ!お前は何すんだよ!」 ウソップの虚しいツッコミを、軽く無視して、一行は正面の山へ足を踏み入れた。 鬱そうと茂る森の中の細い道を、ひたすらにオキアニアに向かって、歩き続ける。 瞳に映るものの全てが、自然の色。何よりも見たい、オキアニアの城壁は未だ姿を見せず、 一歩一歩足を出す毎に、ちりちりと不安に張りさせそうになる胸、じくじくと痛む足。 クルー達の足取りも、やや鈍り始めた頃、木々の合間に緩やかな流れを見せる川に着いた。 川を見つけ、はしゃぐルフィとチョッパーウソップ。 早速、小休止とばかりに、バッシャバシャと、水を掛け合いだした。 の顔色の悪さに気をつかい、笑わせようとしてくれるウソップの冗談すら、は、疎ましく思った。 不安、痛み、焦燥心は鬱積し、ヤツ当たり気味の言葉を、ウソップにあびせる。 「うるさい!!!」 「ちゃん!!」 サンジが今まで見せた事のないキツイ口調で、いさめた。 「ちょっと、あっち行くぞ。来いよ!」 「イヤ」 「いいから、おいで」 「サンジ!離せ!!!」 抗うの手を、グイグイと引き、道無き森の中を進む。 サンジの背中を叩き、足を踏ん張らせ抗うが、サンジの足は止まらない。 「離せ!!」 の怒気の籠もった声に、サンジの足が不意打ちのように止まり、くるりと向き直った。 サンジの蒼眼に籠もる思いの深さに、後ずさりする。 逃げ出そうとするをサンジの手が拒み、きつく抱きしめ、熱い思いの籠もるキスを落とす。 これまでと違う、酷いキス。重ねた唇を無理矢理こじりあけ、サンジの舌がの舌を求める。 「ぅぅ〜イヤ………ぅ」 乱暴なキスに、の口から、拒絶の言葉が漏れる。 緩やかな時が流れ、やがて罰するはずのキスがなだめるキスに変化していき、 の唇が自然に開きサンジを受け入れ、おずおずと求めるようになっていった。 の強張った体の力が抜けおちると共に、内面に巣くう気負いも溶け落ちていく。 お互いを純粋に求めるだけのキスに、苛立ちは影を潜め、 朝焼けの澄みきった薄紫の空と交わる蒼い海のように、心が解け合った。 「ぁふ……ん・ん」 甘い吐息が、の口から漏れる。 「いらいらは修まりましたか?プリンセス」 唇を微かにずらし、軽く触れ合ったまま囁く。囁きながらもなおサンジの唇はを求める。 「サンジ……ごめんなさい」 私の手でと気負う心が焦りを呼び、不安と足の痛みが苛立ちに拍車をかけ、 つまらないやつ当たり子供じみた行動を、素直に謝る。 「まあ、いいさ。ウソップだって、分かってくれてるさ」 もっとキスを楽しみたいと名残惜しそうに、サンジの唇が頬をかすめ、をきつく抱いた腕が緩められ、 手がなだめるように乱れてほつれた赤い髪をすき、サンジの指先が頬をなでる。 宝物を扱うように、やさしく触れる指先。 サンジの蒼眼がやさしさの中に強い光を帯び、を真剣に見つめる。 「ちゃん、一人で背負うなよ」 「だって、コレは私の問題」 「だからな、分かるが……一人で背負うな」 「サンジ……」 「もっと、人を頼ってもいいだろう?俺達は、強いって分かってるだろう」 「私は……。私は…もう、私のために……死んでいく者を見たくない」 「ちゃん、俺は、死なねェ。バルドーのおっさんに約束したかんな。 これからは、俺が護ってさしあげるってなっ!」 「私は、今まで、護られるだけの立場だったから…… 自分の足で、立ちたい!!サンジの助けは…いらない……」 サンジの蒼眼に籠もる思い、発せられた言葉を受け止めながらもなお、自我を通す。 私は……自分の手にこだわりたい サンジが護ってくれる……嬉しい どうしてだろう……何故?何故? サンジが護ってくれようとすることが… こんなに、嬉しくて、哀しいのだろう…… あぁ…私は……他の誰よりも……… 私のためにという名目で…サンジに死んで欲しくないのだ…… 私を一生護ると誓ったバルドーとの約束… そんなものに、しばられて欲しくはない この感情は何なのだろう…… これ以上どう言えば…いい。 この愛しいお姫さんに、どう言えば、納得させられる 分かるさ、自分の足で立ちてェのはさっ だがな不安なんだよ、 どんな奴だか分からねェだろ 手に余ったら、どうすんだよ 俺の目の前で逝くのかよ やっと俺の方を向きかけた愛しい君を、護っちゃいけねェなんてよ 出来るわけがねェだろ…… やっぱ、俺ァ俺のやり方で、護るしかねェな…… 「分かるが、納得いかねぇな」 ぽつりと言い、この話は終わりだという軽いキスを唇に落とした。 「サンジ……。男のなりでもキスができるんだな」 軽いキスにサンジが話を打ち切ったことに、ほっとして呟く。 「はっ?あったりめェ〜だろ。ちゃん」 サンジはいつもの軽い調子を取り戻しタバコに火をつけ、にやりとからかうような笑みを浮かべる。 「サンジ……。ちゃんは、やめてくれ。この先、誰に会うか分からない。 偽を倒すまでは、私は、男でなければならない」 サンジのいつもの笑顔に、頬が緩み、その場しのぎに、思いついた言葉をかけた。 「わかった」 いつの間にか、を膝に抱く形で座り込んでいた体を解き、 の鼻の頭に、ちゅっとキスをして、からかいの笑みを浮かべたまま立ち上がり、 を引き起こし繋いだ手を離さずに、クルーの元へと帰りはじめた。 川の畔で、二人の帰りを待っていたクルーの視線が一斉に注がれ、恥ずかしさのあまり サンジの影に隠れるに、チョッパーが駆け寄ってきた。 「、足診せてくれ」 「チョッパー、いい」 「ダメだ!!船医の命令だぞ!!診せてくれ!!」 「……痛っ」 このクルー達は、なんてお節介やきが、多いんだとため息をつき靴を脱ぐ。 藤の島での履き慣れぬサンダルが作った靴ずれが、一層酷くなっていて、思わず声が漏れた。 「やっぱり、靴ずれが出来てるね。薬塗っておくよ。あと、包帯も」 「ありがとうチョッパー」 「えっえっえっ」 チョッパーが嬉しそうに笑う。 ウソップと視線があい、ごめんなさいと小さく謝るに、ウソップが気にするなと視線を返した。 「チョッパー、俺にも、薬〜〜〜」 「サンジーー腹減った!肉ぅぅぅぅーーーーーーー」 「ああ、分かった。今、弁当出してやっから」 「腹減って、力でねぇ」 ワイワイと、いつもの調子で、はしゃぎ始めるクルー達。 自分がイラついていた事に、気付いていたくせに、何も無かったようなふりを してくれるみんなに、心の中で、感謝した。 「、あと、どのくらいかかるかしら?」 「この川があるから…もう、1時間くらいだ」 「そう…。大丈夫よ!!アラバスタの私達を見たでしょう。私達は、死なない!!」 「ナミさん……。ありがとう」 「さぁ!!みんな!!!出発するわよ!!!!」 ナミの声が、響く。 「オイオイ、ナミ、声でけ〜ぞ」 「何、言ってんのヨ!!景気付けヨ!!!」 「航海士さん、声が大きいわよ」 「オイ、お前、さっき何っつった。騒ぐな、敵に聞こえるって言わなかったか」 「しっしっしっ、ナミの声が一番でけェな!」 「うるさい!!!」 「ウォ〜〜!!ナミの顔が怖いぞ!!!」 「ウソップが、びっくりして、こけたぞ!」 「いっ医者〜〜〜〜〜〜!!!」 「だから、お前だろ!」 ギャハハハハハハハ 森中に響き渡る声で、笑うクルー達。 なんていい仲間に巡りあえたのか感謝する心が、の顔に笑みを呼ぶ。 の静かな笑みが、やがて大きく口を開けた笑いに変わるのを見たサンジは、少しだけ安堵した。 |