俺は、ほぼ二年半かけて、ハイスクールの課程と世間の常識ってヤツを学んだ。フランキーは、やっとジュニアスクールの課程が終わったあたりだったな。
は、八つを過ぎ九つになる手前だったか、俺は十九、フランキーは十五。
トムさんと海列車を必死になって作ることに明け暮れ、週に一日だけと過ごす日々の繰り返しだ。いつのまにか、週に二日くらいと遊びほうけていたフランキーも、必死で手伝うようになった。
今日はがきていたはずだが、フランキーが手伝っている。
「ンマー、はどこだ! 」
「ああ、帰った」
「ンマー、帰ったって、おまえ、またひどいこと言ったんじゃねェだろな」
「言うか。海列車ばかり見てたら、邪魔してごめんなさいって帰ってった。俺のせいじゃねェ」
また夜中に泣くんじゃねェかって、気になって仕方ねェから、俺が仕事放り出しちまったよ。
「ンマー 待てって! 」
「アイス! 」
とぼとぼ歩くにすぐに追いついた。うつむき加減で歩いていたは、俺が声をかけた途端、ぱっと顔をあげ振りむいた。泣いてんじゃねェか、と気をやんでいたのが、バカみてェだ。は、微笑んでいた。
「、悪ィな。相手してやらなくて……」
「ううん。ね。大人になったもん。もうわがまま言わないもん」
「大人? 」
「うん。おかあさんがね。リトルレディって言ってたから」
「ンマー、そうか。ちびがリトルレディか。でかくなったな」
「アイシュ〜もう、子ども扱いしないで」
ぶっ! 俺は笑いをこらえ切れなかった。俺を『アイシュ』と呼んだ幼少時代のなごりは、まだ生きているみてェだ。
「笑わないで、アイスバーグ」
つんと澄まして、俺の名をアイスバーグ、と初めてよんだ。なんだか、が遠くへ行ってしまうような気がした。
「ンマー、水水飴いるか? 」
「知らない人から、もらったらいけませんわ」
俺、バカ受け。
出会ってから四年。忘れたことのねェあの日の天使のような笑顔が浮かんでくる。
「ンマー、俺を知らないって? 」
「知ってるもん。の好きなアイシュっ違った……アイスバーグさんですわ」
「ンマー、大人になったお祝いをやろうな」
「お祝い? 」
何を思ったのか俺は、にキスをした。頬にキスなんて腐るほどしてきたが、このときのキスは、もろに唇を狙った。
の顔がぼっと赤くなり、
「アイシュのえっち! 」
とわめいた。
ンマー、鼻血ものの可愛らしさに、俺の理性が限界を超えそうだった。
「へんたい! 」
と言われて、たかが九つになるかならねェかの小娘に、心底惚れてしまった、と自覚した。
「からは、くれねェの? ンマー、リトルレディになったんだろ? 」
からかってみたら、ぐいっと頬を両手で挟まれて、ちゅってお返しがきた。
天にも昇る気持ちってこれか? 理性の箍があっさり消えたぜ。年の差なんて関係ねェよ。これから先、全身全霊、を愛するって決めたな。
ほわほわした気分で、の横を歩いていたら、がいきなり話し出した。
「あのね、アイシュっちがった! アイスバーグ」
「ンマー、なんだよ」
「フランキーの夢は、夢の船っていってたよね? アイシュ……アイスバーグの夢はなぁに? 」
「おれか!? ンマー、考えたこともねェが……海列車が一番で、その次は……そうだな、まだ思い浮かばねェよ」
「ふ〜〜ん。は決めてるんだぁ〜。およめさんになるの」
誰のだよ!!! って突っ込みたかったが、やめた。話の方向しだいで、とんでもねェことを言っちまいそうだからな。
「あのね、ブルに乗って町を一周してね、てっぺんの教会で鐘を鳴らすの」
「きらきら水しぶきがあがる参道? だっけ、えっと……」
「ヴァージンロードか? 」
「そう、それ〜〜。それを通って、おむこさんのとこに行くんだよ〜」
誰が手を引くんだよ!? 俺じゃねェだろうな!?
うわぁ〜〜〜〜〜〜聞きたくねェ!!! これ以上聞いたら絶対後悔する。
「ンマー、リトルレディになったとたん、はお嫁にいくのか。そうかそうか」
「おかあさんがおよめさんになったのは、18だって言ってたから、もそうするの」
「その前に、プロポーズされなきゃなんねェな」
「うん。だから、アイシュ、プロポーズして」
「俺がか!!!!! 」
「うん、フランキーにはもうしてもらったもん」
「いつだよ!!!! 」
「う〜〜〜〜んと……忘れちゃった」
……ンマー、ガキはこれだから、いやなんだ。
喜びもつかの間、深いため息をつく俺に、は無邪気な笑顔を向ける。そんなになんて言えばいいんだよ。真剣なプロボーズかよ? ガキのお遊びにつきあいきれねェよ。俺は真剣なのに、報われねェな……。
「ンマー、お前が18になったら考えるよ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「ぜったい?」
「ああ、絶対だ」
何度も『ほんと? 』『本当だ』『ぜったい? 』『絶対だ』とくりかえすうちに、の家に着いた。はとびきりの笑顔で、家に入っていった。
その夜、心配していた夜泣きは、なかった。
この日が、俺の手から、が巣立った日なのかもしれねェな。
ンマー、俺が気づかなかっただけで……なァ。