涙さえ奪って

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6、巣立ち


 俺は、ほぼ二年半かけて、ハイスクールの課程と世間の常識ってヤツを学んだ。フランキーは、やっとジュニアスクールの課程が終わったあたりだったな。
 は、八つを過ぎ九つになる手前だったか、俺は十九、フランキーは十五。

 トムさんと海列車を必死になって作ることに明け暮れ、週に一日だけと過ごす日々の繰り返しだ。いつのまにか、週に二日くらいと遊びほうけていたフランキーも、必死で手伝うようになった。
 今日はがきていたはずだが、フランキーが手伝っている。

「ンマー、はどこだ! 」
「ああ、帰った」
「ンマー、帰ったって、おまえ、またひどいこと言ったんじゃねェだろな」
「言うか。海列車ばかり見てたら、邪魔してごめんなさいって帰ってった。俺のせいじゃねェ」

 また夜中に泣くんじゃねェかって、気になって仕方ねェから、俺が仕事放り出しちまったよ。


「ンマー 待てって! 」
「アイス! 」

 とぼとぼ歩くにすぐに追いついた。うつむき加減で歩いていたは、俺が声をかけた途端、ぱっと顔をあげ振りむいた。泣いてんじゃねェか、と気をやんでいたのが、バカみてェだ。は、微笑んでいた。

、悪ィな。相手してやらなくて……」
「ううん。ね。大人になったもん。もうわがまま言わないもん」
「大人? 」
「うん。おかあさんがね。リトルレディって言ってたから」
「ンマー、そうか。ちびがリトルレディか。でかくなったな」
「アイシュ〜もう、子ども扱いしないで」

 ぶっ! 俺は笑いをこらえ切れなかった。俺を『アイシュ』と呼んだ幼少時代のなごりは、まだ生きているみてェだ。

「笑わないで、アイスバーグ」
 つんと澄まして、俺の名をアイスバーグ、と初めてよんだ。なんだか、が遠くへ行ってしまうような気がした。

「ンマー、水水飴いるか? 」
「知らない人から、もらったらいけませんわ」

 俺、バカ受け。
 出会ってから四年。忘れたことのねェあの日の天使のような笑顔が浮かんでくる。

「ンマー、俺を知らないって? 」
「知ってるもん。の好きなアイシュっ違った……アイスバーグさんですわ」

「ンマー、大人になったお祝いをやろうな」
「お祝い? 」

 何を思ったのか俺は、にキスをした。頬にキスなんて腐るほどしてきたが、このときのキスは、もろに唇を狙った。

 の顔がぼっと赤くなり、
「アイシュのえっち! 」
 とわめいた。
 ンマー、鼻血ものの可愛らしさに、俺の理性が限界を超えそうだった。
「へんたい! 」
 と言われて、たかが九つになるかならねェかの小娘に、心底惚れてしまった、と自覚した。

からは、くれねェの? ンマー、リトルレディになったんだろ? 」
 からかってみたら、ぐいっと頬を両手で挟まれて、ちゅってお返しがきた。

 天にも昇る気持ちってこれか? 理性の箍があっさり消えたぜ。年の差なんて関係ねェよ。これから先、全身全霊、を愛するって決めたな。
 ほわほわした気分で、の横を歩いていたら、がいきなり話し出した。

「あのね、アイシュっちがった! アイスバーグ」
「ンマー、なんだよ」
「フランキーの夢は、夢の船っていってたよね? アイシュ……アイスバーグの夢はなぁに? 」
「おれか!? ンマー、考えたこともねェが……海列車が一番で、その次は……そうだな、まだ思い浮かばねェよ」
「ふ〜〜ん。は決めてるんだぁ〜。およめさんになるの」
 誰のだよ!!! って突っ込みたかったが、やめた。話の方向しだいで、とんでもねェことを言っちまいそうだからな。

「あのね、ブルに乗って町を一周してね、てっぺんの教会で鐘を鳴らすの」
「きらきら水しぶきがあがる参道? だっけ、えっと……」
「ヴァージンロードか? 」
「そう、それ〜〜。それを通って、おむこさんのとこに行くんだよ〜」

 誰が手を引くんだよ!? 俺じゃねェだろうな!?
 うわぁ〜〜〜〜〜〜聞きたくねェ!!! これ以上聞いたら絶対後悔する。

「ンマー、リトルレディになったとたん、はお嫁にいくのか。そうかそうか」
「おかあさんがおよめさんになったのは、18だって言ってたから、もそうするの」
「その前に、プロポーズされなきゃなんねェな」
「うん。だから、アイシュ、プロポーズして」
「俺がか!!!!! 」
「うん、フランキーにはもうしてもらったもん」
「いつだよ!!!! 」
「う〜〜〜〜んと……忘れちゃった」

 ……ンマー、ガキはこれだから、いやなんだ。
 喜びもつかの間、深いため息をつく俺に、は無邪気な笑顔を向ける。そんなになんて言えばいいんだよ。真剣なプロボーズかよ? ガキのお遊びにつきあいきれねェよ。俺は真剣なのに、報われねェな……。

「ンマー、お前が18になったら考えるよ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「ぜったい?」
「ああ、絶対だ」

 何度も『ほんと? 』『本当だ』『ぜったい? 』『絶対だ』とくりかえすうちに、の家に着いた。はとびきりの笑顔で、家に入っていった。


 その夜、心配していた夜泣きは、なかった。

 この日が、俺の手から、が巣立った日なのかもしれねェな。
 ンマー、俺が気づかなかっただけで……なァ。


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