バカだバカだとは、思っていたが、そこまで、てめェが意地汚ェとは、思わなかった。




硝子珠




深夜3時過ぎのGM号ラウンジから聞こえる異様な物音に気がついたサンジは、こっそりとラウンジを伺った。
灯りのないラウンジから微かに漏れる光に、サンジの眉がますますグルグルと巻いていく。
瞬時に沸騰する脳みそが、サンジに命ずる前に、サンジはラウンジに飛び込んだ。

「うっ…がっがっがっがァ……ごふっ!」

「て、てめェ何盗み喰いしやがった!!!!!」

見れば案の定、ルフィが盗み食いをするために忍び込み、冷蔵庫の物色をしている最中だ。
サンジの勢いに、ルフィは驚き口の中に物を喉に詰まらせた。

「あ…あがっげっほっげほっ!!!」

「何やってんだ?てめェ?」

サンジは呆れたような声で、それでいて、ルフィのために水の入ったグラスを差し出した。

「あーぁーあ、あ」

涙目になったルフィの伸びた腕が、サンジの手からグラスをもぎ取り、ゴクゴクと喉を鳴らし詰まった物を嚥下していく。

「ぎゃーーーーーーっ!!!おれ!!!飲みこんじまった!」

「だから、クソゴム!何、盗み食いしてんだ!って聞いてんだよ!」

ゴスッと、鈍い音がし、ラウンジの床がめり込んだ。
さしものサンジも、苦しがるルフィが自ら懺悔するなら許す気なのだろうか?
それとも、この男、あっさり締め上げるのは勿体無ェとばかりに、追及の手を緩めるそぶりをしただけなのか?
しかしながら、そんなことは、麦わらの船長ルフィには、通用しない。
「しっしっしっ」と、悪気もなく笑うか。あきらかに現行犯でとっ掴ってるのに、シラをきり通そうとし、
サンジにネチネチといたぶられ、自白するオチのどちらかしか船長には、ないのだから。

しかし、今日のルフィは、様子が違う。
ふごふごっと、己の喉に手を突っ込み、何かを取り出そうと、必死なのだ。

サンジの額が、ぴきぴきと青筋の数を増やしていく。

おりしもGM号は、航海の真っ只中であり、次の島は行けども行けども見えはせず。
ナミによれば、「後1週間で着けば良い方……見通しは暗いけど、サンジくん食料は……」と、
夕食時、クルーの前で相談していたところである。

それなのに、このクソ船長は、盗み食いをしたらしい。
そりゃ、サンジじゃなくても怒るところだ。ウソップなら釣り餌にするだろう。

素直に謝るならまだしも、眼の前の船長は、胃袋におさまったものを出せば、許してもらえるとても思っているのか、
しきりに喉の奥に腕を突っ込んで、えづいている。

「……てめェ、アホか?んな噛み砕いて胃液まみれのもん出されて、おれが素直に許すと思うんかよ」

ルフィは、ブンブンと首を左右に降り、『違うんだ!』と意思表示をしてみせるが、それがまたサンジの癪にさわった。
間髪いれず、サンジの蹴りがルフィの腹に食い込んだ。

「っざけんのもいい加減にしとけよ!クソゴムがァああああああああ」

ルフィは、蹴られた衝撃でラウンジの開け放たれた戸から外にすっとんでいき、マストにぶちあたり
そのまま甲板に落ちた。それでも、まだ、手は喉の奥に突っ込まれたままだった。

かなりの衝撃音がしたというのに、GM号のクルーは、誰一人起き出そうともしない。
日常レベルで、深夜の盗み食い攻防戦が繰り広げられているため、深夜の物音など、もはやお構いなしのようだ。

「ったく、で……何、喰ったんだ?」

うんざりした顔つきで追及の手を緩めることなく、サンジは手すりに片足をかけ咥えた煙草に火をともし
深々と吸い込む。紫煙を吐く瞬間、ルフィをちらりと横目でながめた。

「まだ、喰ってねェ〜〜〜」

「かっちーーーん!てんめェ頭きた!!!海の藻屑と消え去るか!自力で魚捕ってこーーーーーいっ!!!」

一拍置いて告白する機会を与えたというのに、ルフィの白々しさに、サンジの怒りは沸点を超え
後先考えず蹴り飛ばした。

ルフィは、満月に向かって高く飛び、やがて、海面に大きな水しぶきをあげ沈んだ。

「ったく、クソゴム。ほう、あの角度だと意外と遠くには飛ばねェな。ちっ!しまった」

豪快な水しぶきのあがったあたりに向けて、サンジは、潔く海に飛び込んだ。
いつもならウソップ救助隊の出番なのだが、深夜、誰も起きてない。
すなわち、自分が救助しなくてはいけないことが、すっぽり頭から抜け落ちていたのだ。

海水を掻きながら、サンジは少しだけ反省した。ふくらんだ頬袋から息を吐きながら、ルフィを探す。
ルフィの苦し紛れに吐く息があぶくとなり、ルフィの場所を教えてくれていた。

「ったく。世話のかかる船長だぜ。オラッ、ルフィしっかりしろ!」

満月が海を照らしそよそよと凪ぐ水面、思いのほか透明度の高い海であったために
余裕でルフィを見つけることが出来た。
サンジの内では、自分が蹴ったから落ちたことについては、もうすっかり忘れていた。
ただ、見つけることが出来たことに、こっそり安堵の息を吐きつつ、不機嫌な顔つきで罵詈雑言を並べ立てる。

「だいたい、てめェが……」
「ずびばせェ〜〜ん」

「ちっ!もうしゃべんな!んっ!おう!!!ここだ!ばしご降ろしてくれ!!!」

海水につかり弱ったルフィを小脇に抱え、立ち泳ぎをしながら、GM号を見上げると、
騒ぎを聞きつけたウソップが、顔を覗かせていた。ウソップは、瞬時に状況を見取り縄ばしごを降ろした。




「なにやってんだ?おめェら?」
「おぅ、ちょっとな。食料調達と洒落こんでみたんだが……」
「プッ!おれさまの目は、誤魔化せねェ〜ぜ。ルフィが盗み食いして、おまえが蹴りとばしたんだろ?
 で、キャプテーンウソップ様の登場場面だ!
 だが、おれは大海原の波のリズムの上で気持ちよく夢の中で海の勇敢なる戦士
 キャプテンウソップの大冒険を楽しんでたからな。助けがこねェ、来るはずがねェ!
 あせったおめェは、『キャプテンウソップ、助けてください!』って叫んだろ!?
 来てやったんだから〜感謝しろっ!」
「叫ぶか!!!」

月が消えかけ、うっすらと夜が明けかかるGM号の甲板で、ウソップは大演説を繰り広げる。
サンジは、足元に転がる樽腹のルフィの腹を、足でぐいぐい踏みつけ、海水を吐かせながら、
ウソップの講釈と樽腹のルフィ、どちらにもうんざりしていた。

サンジは、ルフィの腹を踏むたびに口から高く吹き上がる海水を見ながら、ある事に気がついた。
その事を話そうとした時、騒がしい甲板のやり取りに気がついたチョッパーが、男部屋から慌てて飛び出してきた。

「ルフィ〜〜〜〜〜〜〜落ちたのか!!!」
「お〜ぅ、チョッパーおはよう。よく眠れたか?
 あぁ大丈夫だ。意識はあるし、ただ、しこたま水飲んだから吐いてるだけだ」

あくまでも、自分は悪くないとした態度だ。だが、サンジは、気がついていた。
ルフィが吐く海水の純度の高さに、胃の中におさまった食物などない証があることに。

「ジョッパー……おれ飲み込んじまったァ。取ってくれェ〜〜〜」

「は?てめェ『喰ってねェ』っつったよな!」

さっきまで『喰ってねェ』と言い張り、沸点を振り切ったサンジの怒りの蹴りをくらって海に落ち、
身をもって潔白を証明している最中だ。サンジは心の片隅で反省し、
今日はおれの分減らしてこいつに余分に喰わせてやろうと、思っていたのに、
今になって、『飲み込んじまったァ。取ってくれェ』と言うルフィに、またまた瞬時に沸点を超えそうになった。

「って、てめェ!!!」

“カッチーン”と、サンジの頭が鳴った気がしたウソップは、慌てて、落ち着けェーサンジ!!!と絶叫し、
サンジを羽交い絞めにしたが、サンジの足は、ルフィの腹をこれでもかというほど、踏みつける。
一際高く海水を吐き出したルフィは、ほうほうの体でサンジの足から抜け出し、話し出した。

「ゲホゲホッ。腹減ったから、食い物探してたんだけどよ。喰ったらサンジが困ると思って、見るだけにしてたんだ。
 そしたら、おれ我慢しきれなくなっちまった」

「で?」

サンジは、眉間に皺をよせ腕組みをし煙草を吸いながら、先を促す。

「でもよー、盗んだら怒られるし。なんかねェかと思って服をあちこち触ったらよ。ポケットにガラス珠が入ってたんだ。
 すんげェ綺麗なオレンジ色でよ。見てたら段々みかんに見えてきて思わず口に入れちまった」

「アホか?」
「ルフィ、ガラス珠は食い物じゃねぇぞ?習わなかったのか?危険だから口に入れちゃいけませんって」

「いやァ〜〜それがよぅ。口にしてみたらひんやりして気持ちよかったんだ。みかんだみかんだ!って思ってたら
 みかんみてェな味もしてくるし、そしたら、サンジが飛び込んできて驚かすから、おれ飲み込んじまった」

しっしっしっと、悪びれもせず笑うルフィに、三人は三者三様に力が抜けていった。

――おまえは赤ん坊か!
――恐ろしい胃袋だァ。ガラスも溶けるかもしれん。
――ガラス珠って、大きいのかな?

「はっ!!!そうだ!!!おれ飲み込んじまったんだ!!!チョッパー頼む!取ってくれ!!!」

「ああ、おれ朝メシの仕度しねェと……なっ!チョッパー任せたぜ」
サンジは、付き合いきれないものを感じ、ラウンジに入っていった。

後に残されたチョッパーは、おれをおいてくなーーと思いながらも、医者の使命感から、ルフィに尋ねた。

「大きさは?どれくらいなの」
「んっとよ。これぐらいだ!」

指し示す大きさは、だいたい鶏の卵一個分だった。

――でかっ!!!
チョッパーは、ひそかに動揺しながら、医者である使命感から、ゆっくりと話し出した。

「う〜ん。喉の奥につかえてる感じする?」
「いんや!ねえ!」
「じゃあ、大丈夫だよ。そのうち○んこで出てくると……思うから」
「なァんだ。そっかっ。はっ!!!痛ェっぞ!!!」
「ぎゃーーーーーーーっ!痛ェぞ!それ!そんなでけェの尻から出てくんのか?ウォー想像するだけで、
 さぶいぼが立つ。よォーし、おれさまの呪文のひとつに加えよう」
「う〜〜〜〜ん。ルフィ、ゴム人間だから、きっと大丈夫だよ」

その点は、チョッパーも不安だったが、胃袋が異常なまでに膨らむことなどから推察し、
きっと小腸も大腸も肛門だってゴム体質で、すんなり通過すると、思った。

「いんや!!!ダメだ!!!取ってくれ!チョッパー!!!」

通るか通らないかの議論をしていたチョッパーとウソップは、珍しいものを見るかのように、ルフィを見た。

「ルフィ、無理だよ〜。あれだけ水吐いたのに出てこなかったんだ。口からってなると……全身麻酔かけて……
 う〜ん……○んこで出したほうが、楽だよ?」

「ダメだ!!!あれはナミから貰ったおれの宝だ!!!」

どーん!とバックの文字がでそうな勢いで威張るルフィに、なすすべも無く二人は固まった。

「おれの手は(胃まで)届かねェから、ウソップが口引っ張って広げて、チョッパーが腕突っ込んで取ってくれ。
 なぁに、ゴム人間だから大丈夫だ。喉だって伸びる!!!」

こともなげなルフィの提案だが、想像するだけで痛い行為に、二人は冷や汗をかいた。
そこに、サンジが朝食の準備ができたことを告げにきた。

「なんだ、てめェら。まだやってんのか?んなもん、ルフィなら下から出てくるだろ」
「「サンジィーーー!」」

救われた思いで、二人はサンジの腰に縋りついた。

「んっ?なんだ。どうしたんだ」

涙目になりながら何がどうなったか訴える二人と、なおも取ってくれと懇願するルフィに、サンジは、全てを聞いた瞬間
理性が吹っ飛んだ。

「ぬわにィーーーーーー!!!クソゴム、ナミさんに貰ったガラス珠飲んだんだとォーーーーーー!!!
 てめェは、せっかくのナミさんの気持ちをクソまみれすんのかよ!!!出せ!今すぐ出せ!!!
 こっちこい!!!おれが手突っ込んで出してやる!!!!!」

あまりのサンジの形相は、チョッパーとウソップを凍らせ、また、ルフィをも凍らせた。
腰に縋りついたまま凍った二人が邪魔でサンジは、上手くルフィを捕まえれない。
そこに、ナミが現れた。

「サンジくーん。おはよっ!」
「な、ナミさぁーーーん。今日もお美しいィ。美味しいサンジ特性スペシャル朝ごはん、できてますよう」

サンジは、瞬時にラブコックになり、ハートを惜しみなくとばし出した。
まるで軟体動物のタコだ。いやイソギンチャクかもしれない。
サンジと対照的な三人の凍ったさまに、ナミの眉間に軽く皺がよった。

「まさか、あんたたち。また盗み食いしたんじゃないでしょうね」

ごうごうメラメラとバックに青い炎が立ち上がりそうな勢いに、三人はブンブン首を振って『違うんだ!』と示し、
てんでバラバラに矢継ぎ早に話し出す。

「あーーー!!!もううるさい!!!黙れ!!!で、サンジくん何がどうなってるの?」

ナミの怒鳴り声に、ぴたっと話すのをやめた三人とは別に、サンジは騒ぎの経緯を説明した。
『ナミさんから、せっかく頂いたガラス珠をこともあろうか飲み込んだ』あたりに、話が及んだとき、
怒りやら諦めやら呆れなどの感情は、消し飛び、ナミは、激しく笑い出した。
ガラス珠を飲み込んでしまったルフィを叱るだろうか、泣くだろうかと、思っていた四人は、笑い転げるナミを
唖然として見ていた。

「あっははは。ごめん!おかしくってしかたないわよ。ルフィ大丈夫よ。気にしないで。吐かなくってもいいから」
「あーはいはい。わかったからお尻が困ったことにもならないから」

納得しかねるウソップはツッコミを入れ、よくわからないチョッパーはナミの言う事に間違いはないと納得した。
おれの宝だ!と喚くルフィと、なんでてめェばっか貰うんだと唸るサンジは、つかみあっている。

「あのね、あれ……ガラス珠じゃなくて、飴玉なの」

ナミは、にっこり笑って、その場を後にした。
やれやれと、ウソップとチョッパーは顔を見合わせ、バカ騒ぎから一日が始まったことに疲れきったお互いを慰めあった。
「おれたちは、とんでもない船に乗っている」それがお互いの胸のうちだった。
そして、サンジとルフィの小競り合いを横目に眺めながら、とぼとぼとその場をあとにした。

残されたルフィとサンジは、

「てめェ!いつ貰ったんだ!!!」
「あ〜いつだっけかな?ん……っ!おっそうだ。サンジが、でっけェチョコのケーキ焼いた日だ!」
「イッ!!!その日は……くそっなんでてめェなんだよ!!!ちくしょーーーーーっ!!!」
「うわぁーサンジィーーーーーーーーーーーーやめろよ!!!」
「なんでそん時、飴玉って気がつかないんだよ!ナミさんの気持ちに気がつかないのかよ!!!」
「だってよー、ナミが『ガラス珠だ』って言ったんだもんよー」
「ああ、ナミさん。こんな鈍感なヤツに……嘘だァ〜〜〜〜」
「んっ?なんだ?サンジ?眼から汗出てんぞ?」
「うっせい!!!そもそも、夜中にまぎらわしいことすんじゃねェ!!!」
「あー悪ィ悪ィ。しっしっしっ気にすんな!」
「てめェが気にしろよ!!!」

ナミから鉄拳を落とされるまで、甲板で争っていた。
その日の航海日誌には、「男ってバカよね」と、書かれたらしいが、さだかではない。





おしまい


あとがきという名の言い訳
先日、日記にてちょろっと書いたものをルナミ傾向にて、改訂あっぷ。


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