ひび割れた大地、砂塵舞うアラバスタ「アルバーナ宮殿」の一室で一組の男女が別れを惜しんでいた。
「ペル、愛しています」
「おれも、愛している。」
共に戦い、愛を交わし、笑いあった日々が脳裏を過ぎる。
の脳裏にアラバスタ王国のために生きる男を愛したことに後悔はない。ただ、今生の別れになるかもしれない予感めいたものが、じわじわと心を蝕んでいた。
『行かないで、と言えたら……国を思うというより、王家、いいえ、ビビ様を思う貴方……私だけのものにしたい』
胸に秘めた思いを打ち明けることなどできるはずもなく、
「いってらっしゃいまし、御武運を……」
「あぁ、おれは王家のために、力を尽くす」
「ええ、貴方は、アラバスタ王国護衛隊、副官ですもの……御勤めを、まっとうして下さい……」
そう微笑んだはずなのに、するりとの瞳から、涙が滑り落ちた。ペルの口元がきゅっとひきしまり、しぼりだすような声がもれる。
「……」
必ずおまえのもとに戻る、と心の中で決め、を別れを惜しむように抱きしめ振り返りもせず、レインベースへ飛び立った。
の瞳の中から、愛しい人がみるみるうちに小さくなっていき、やがて大空にとけていった。
アラバスタの世は、荒れ果てていた。とて王国の一員、愛する人の立場などわかっている。わかっていても、心が悲鳴をあげる。
『いやだ、と泣き叫び引き止めたかった。もっと抱きしめていて欲しかった。……、大丈夫よ。ペルは能力者よ。ペルは強いもの……絶対帰ってきてくれるから、泣かない泣かないの!』
心の声に折り合いをつけるように、無理に自分に言いきかせ、自分の持ち場に戻っていった。
塵旋風の舞う、国王軍と反乱軍の激闘の最中。は国王軍の一員として、反乱軍を蹴散らす。
――空に、貴方を見つけた。
――時計台から、飛び立つ貴方。一瞬、私を、見つめたのは、気のせい……
――高く高く空に溶け込んだ、貴方。貴方の声が聞こえたのは、気のせいですか……
混乱の中、は愛しい男の姿を確かに見つけた。
「我、アラバスタの守護神、ファルコン、王家の敵を、討ち滅ぼすものなり」
はるか遠くの空に爆音がはぜ、愛しい男の声が聞こえ、消えていく。
――貴方の声が……聞こえ……ない……
それでも、狂気は止まらない。は戦う事を放棄し、その場に崩れ落ちた。愛しい男の名をつぶやきながら、すすり泣く姿は誰の眼にも留まらない。その場は、狂気と混乱の渦に巻かれていた。一人の女がどうなっていようと気にするものなどいない。すべてのものが、自分が生き延びることに命を賭けていた。
「戦いを!!! やめて下さい!!!」
ビビ王女の声は、国民にとどかない。
ゴゴゴゴゴゴゴ
ズズズズズズズ……バリバリ
ドォ…………ン!!!
凄まじい地響きと共に、空中に舞うクロコダイル。
「……もう、敵はいないのに……!! これ以上血を流さないで……!!!」
「戦いを……!!! やめて下さい!!!!!」
塵旋風が止み、雨粒が落ちる。天が、守護神の死を、哀れむように……狂気が止んだ……武器に迷いが……
「もうこれ以上……!!! 戦わないで下さい!!!!!」
ビビ王女の声が、国民にとどき……戦いは、終わりを告げた。
――貴方の命は、無駄にはならなかった……
――いいえ……きれい事……
――私は、貴方だけ居てくれれば……それで、良かった……
――ペル……
ペルを思い泣くの肩を雨が叩く。それはまるで、ペルが泣かないでくれ、と謝っているかのようだった。
アルバーナ宮殿に慈悲の雨が降り注ぐ。すべてのものの心に安らぎを与えるように。
「あの男は、私の知る中で、最も気高く強い戦士です」
「うん……(ありがとう)って……言いたかった」
「……それは、この上ない誉れですよ」
空にとけたペルを思い、涙を雨の中にとじこめようとしているの耳に、イガラムとビビの会話が聞こえた。
「……王家のために命を捧げた貴方の生き様を、称え……て。ペル、貴方は幸せだったの? ……ペルならイガラムさまのように、受け止めるでしょうね。貴方はそういう人だもの。ペル。私は、それが誉れだなんて思えない。……悲しいだけ。……泣きたいだけ」
の胸にあるのは、ただ愛しい男がいない悲しみだけで、その男が立てた勲功など虚しいだけだった。
はオシリス神殿で一人祈りを捧げた。
「オシリス神よ、我が願い、聞きとどけ給え」
黄泉の国、冥界の門に、一人の女が立っている。女はだった。は、扉を大きく広げ入っていく、愛した人を取り戻すために。
死の契約書にサインしたことに後悔はない。古から伝わる密書を、王宮の書庫で見つけたときは半信半疑だった。今、これを使わなければいけない。これは私に使われるために、ここに存在したのだ、とは思い込み、オシリス神殿で祈りを捧げた。
汝疑うことなかれ。
我が名はオシリス。
冥界の門を開きたくば、来世の命をひきかえにせよ。
死の契約書に名を記せ。
我が神殿で祈りを捧げよ。
そう記されたページの後に、つらつらと何人もの署名が記されていた。黄ばんだ紙、虫食いのある箇所もところどころあり、記された文字は、インクのにじみ、かすれ具合などから、最近のものとは思えないものだった。
来世よりも今生。今ペルとの別れが辛いは、戸惑いもせず、力強く署名した。
漆黒の闇、所々に置かれた灯火のあかりがほのかにうごめく中、ペルは、冥界の王オシリスの前に、御していた。
ここはどこだ、ああ……おれは死んだのか。戦いはどうなったんだ。ビビ様は、は……すまないと、ペルは心を痛めていた。
「よく、帰った……我が息子、ホルスよ。王家の守護神としての、そなたの働き……立派であった」
「……私は、ペル。ホルスでは、ありません」
「うぅむ、まだ、俗世での記憶が抜けぬか……」
目の前にいる男は、どうもオシリス神らしい。なぜ自分をホルスと呼び息子というのかわからず、いぶかしげな顔で見上げた。
あごひげをなでつけ、何かを考えるそぶりの男の視線が、背後に向けられた。
神殿内が、にわかに騒がしくなり、オシリス神の御前に、憲兵から逃れたが姿をみせた。
「ん……何者じゃ」
「!」
「ペル!」
――貴方に追い着いた……ペル愛しい人
――……私の愛する人
愛しい人をみつけた喜びが二人をつつみこみ、の瞳からぽろぽろと涙があふれだす。その涙をペルは指先ですくい
「……おまえも死んだのか」と聞いた。
「いいえ……」
「バカな。何をした!」
言葉にならないはペルの胸に身をうずめ、もう離さない、というように背に手をまわす。そんなの様子にペルは、深く胸をうたれ、離すものか、というようにかき抱いた。
酔いしれる二人に、オシリス神の声が響く。
「その者が、ホルスを俗世に引き留めておるようじゃな。娘よ、ホルスは神として、天界へ戻らねばならぬ。そちは、冥界の門より、俗世に戻られよ」
「イヤです! やっと、やっと、逢えた……。ペルは、ホルス神ではありません!!! 私の愛しい人です」
「うぅむ、そちは、神である私に逆らうのか! その身を、アメミットの餌食にされても、よいのか!」
「かまいません!!」
「オシリス神よ、を俗世にお帰しください! 我が愛する人に祝福を!!!」
「イヤです! ペル……貴方のいない所で、生きてなんになるのでしょう……」
「うぅむ……」
天の守護をうけた者として、アラバスタ王国に送り出した息子が愛する女。その女の技量をオシリスは量りかねていた。
ここまできたのはあの古に残した密書からだろう、と推測する。ならば、来世はこの女は冥界に落ちる。それでもいいというのか。人間とはつくづく不思議なものだな、と考えあぐねていた。
「貴方……」
「おぉ、イシス、我が妻よ」
「ホルス……いいえ、ペルとをお帰しくださいませ」
「しかし……」
「貴方……の姿を見て、思い出します……貴方を追って旅した日々を。はあの日の私……。二人の愛に免じて、お許しください……」
オシリスの横でとペルを優雅に眺めていたオシリス最愛の妻イシスが、口ぞえをする。弱みを握られているわけではないが、オシリスは妻の意見を最も尊重していたので、二人にチャンスを与えることにした。
「うぅむ……。だれか、真実の天秤、マアトの羽根を持て」
二人の前に置かれる、真実の天秤「マアトの羽根」
「よいか、そなたらの愛が真のものなれば、秤は釣り合う。釣り合えば、俗世に二人で、帰るが良い……釣り合わぬ場合は……」
わかっておるだろう、と眉をあげ、二人を見下ろす。
片方にの心臓が置かれ、片方にペルの心臓が置かれた。
マアトの羽根が、揺らめく中、あたりが静寂につつまれ、灯火の火がゆるやかに消えさる。体にまわされたペルの腕が消えていく。自分をつつんでいたはずのペルの吐息が遠ざかる。体がゆれ、空洞の中に落ちていくような感覚の中、は意識を手放した。
砂漠に立つの元に、ビビ王女の声が、とどく。
「少しだけ冒険をしました。……それは……」
――ペル……何故かしら、不思議です……
――あんなに哀しかったのに……
――私は今、心が浮き立っています。
――貴方の気配がする。
はくるりと向きを変え、砂漠を駆け出した。その先に、ペルがいると信じて。
「ペルーーーーーーーーーーーーーお帰りなさい!!!」
「ーーーーーーーーーーーーーただいま!!!」
砂漠は二人の祝福するように、砂をおろし。風はたおやかにそよぎ。空は高く微笑む。
言葉にならない想いを、キスと抱擁にこめて
ありがとう、オシリス神……
ありがとう、女神イシス……
2009/9/24改訂
本編で死んだと思われていたペルが生きていたあたり…ちょっと納得いかなかったので、
愛する人を黄泉の国に行き、連れ戻すヒロインというのを、書いてみたかったのですが、ずたぼろっすね(乾笑)
黄泉の国あたりを、もう少しくわしく書きたかったのですが、書けば書くほど、ワンピじゃなくなったので、あっさり削除致しました。
麦藁クルー(サンジ限定かも)しか書けない自分に不甲斐なさ、とほほの一品です(笑)