Dear

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 ったく……信じられねェし。
 おれってこんなヤツだから、一人のレディに惚れることなんざ、絶対ねェ! 
 と思いこんでいたのに、ざまないだろう?

 ナミさん、ロビンちゃんに愛を捧げるおれ、思いっきり変態ラブコックでいられたおれ。
 サンジは女好きだからって、んな一言で語られるほど、おれは単純明快ではねェよ。
 まぁな、確かに女の子は好きだ。女性が女性らしく可愛い仕草をされたら、そりゃ男としちゃタマランもんは多少なりとも感じるだろ?
 んあ? うちの船長は違うって? そりゃそうだ。ありゃガキだからな。
 マリモか? あれはあれで、女の子は女の子扱いする男だぞ。むっつりなんで、あんまり見せねェけど、結構えぐいこと考えてるぞ。現に、目の前で掻っ攫われちまったからな。くそムカツク。



 マリモの腕の中でもがくさんを見て、ズキンときた。

『くそマリモ、さんに何してくれてんだ?! 嫌がってんじゃねェーか! 』
 瞬間湯沸し器そのものだな。どかーーんと一発蹴りくらわしたろうと思う前に体が動いた。ああ、そこまではいつものおれだろう。

 くそマリモの野郎、あっさりかわして、そのまま彼女の腰をぐいっとひきつけて……キスしやがった。

『はぁあああああああああああああああああ?! 』
 アゴ外れるかと思ったし……。パクパク口を動かすが声なんかでやしねェ。

 そんなおれに、あのバカは
「邪魔すんな、タコ」
 にやりと不敵な笑いを浮かべて、そのまんま……さんの唇、清らかな唇をガツガツ音が出るくらい征服していく。目をそらすこともできず、唖然としたまぬけ面でマジマジと凝視しちまった。

 軽いキスなら蹴り殺してやるが、んな激しいもん見せ付けられちゃな、おれだってマリモの頭ん中読めるさ。
 驚愕したように目をひんむいてたさんの表情がまたなんともいえねェ……。おれは見ちゃいけなかった。驚きと怒りが浮かんでいたはずなのに、徐々にとろりとした恋する女の顔に変わっていくなんて……。

 キスだけで濡れちゃいましたなんてツラ……見たくねェよ。

 はぁ……参ったな。目の前で繰り広げられる睦言は、おれなんかお呼びじゃねェと物語っている。マリモの凶悪な目にひるんだわけじゃねェが、彼女のためにこれ以上見るわけにいかんだろう。そう判断したおれは、踵をかえした。



 やけに空しく感じるのは、なんでだと問えば、瞬時に答えが返ってくる。
 キスだけで濡れちゃいました……か……その顔をおれが引き出せなかったのが残念で……悔しくて……。
 認めよう。おれは彼女が好きだったんだ。バカだな……おれ。なにがラブコックだ……くそ野郎。ざまぁねェなぁ……。

 自覚した途端に、失恋かよ。くそ面白くもねェ……。
 さんが、少しでも抵抗してくれたらな……マリモの手から力づくてでも奪っちまうさ。
 だがな、彼女は喜んでいた。
 上気した頬、マリモの背に回された手。マリモを見つめる瞳の輝き。全身から発散されるメスの香り。見てるこっちがクラクラしちまいそうな色気は、真っ直ぐに目の前の男にそそがれていた。

 完敗さ。そんなもん見せ付けられて、おれも好きですーーーーー! なんて野暮な真似できっかよ。

 マリモがねェ……あの天然くそむっつりがねェ。はぁ……おれ立ちなおれっかな?
 くそマリモがいい男なんか、知ってるさ。ムカツク野郎だが、真剣な思いもねェのに、あんな真似するはずがねェ……。手の内に入れたもんをみすみす逃すような真似もしねェ。

 なぁ、いいのかよ? さん?
 そうとう苦労するぜ?
 なにせ、『大剣豪になると決めたときから命なんざ捨ててる』と言い切った男だぞ。
 ああ、おれもあのバカのことは言えねェか……。
 海賊家業をやってりゃ、命のやりとりなんざ、日常茶飯事だな。そんなこと百も承知だろうな。
 それよりもあの色恋沙汰の鈍さはどうしようもねェとこがある。
 あれ? でもなーどうみてもさっきのは、マリモからのアプローチだったか……。あんま鈍くねェのかな?
 いや、デリカシーの無さはどうみたって、あいつが一番ひでェ。酷いってもんじゃねェな。

 さん、マリモのことで泣きたくなったらさ、いつでもおれんとこ来てくれよ。誠心誠意、慰めてさせていただきますよ。貴女への恋心を内に秘めたまま、ちゃんとマリモの元に素直に帰れるようにしてさしあげます。
 貴女の笑顔が見れるなら、おれの傷心なんか、どうでもいいさ。たいしたことじゃない。こんな形で想っていてもバチはあたらねェだろ? 違う?

 でも、ちょっとだけ意地悪させてくれよ。

 おれはスッと息を吸い込み、思い切り叫んだ。

さん!!! 好きだぁあああああああああああああああああ!!! 」

 遠吠えのようなおれの声に、仲間は誰も反応しねェのな。当たり前だ、常日頃から言ってる台詞だもんなぁ。
 ただ、後ろから凶悪な視線が突き刺さる。振り返るまでもねぇ……ヤツの視線に、ひょいと肩を竦めてタバコをふかす。
 けっけっけ、雰囲気ぶち壊したか? 悪ィなマリモ。
 おおっ?! どたんばたんと派手にすっとんでったなぁ……愛しい人は。はっはは、がっつくてめェが悪いだろ。

 おうおう……オーラ飛ばして必死だなぁ。おれに怒りのオーラ向けるよか、さんを追ったほうがいいんじゃねェ?
 くくくっ……だからてめェはデリカシーが無ェってんだ。あっ! おれもか。

「おい、コック……」
「んぁ〜なんだよ……邪魔したか? 」
「……わかっててやってるんだから、てめェは始末が悪ィ」
 ぽりぽりと頭をかいて、怒りのオーラの割りに臨戦態勢にはいっていねェマリモを見たら気が抜けた。

「追いかけろ」
 ぼそりと呟く。鳩が豆鉄砲くらったようなツラでおれを見るくそマリモを見ていたら、なんだか可笑しくなってきた。

「もう一発、アツイのかましゃぁ落ちるって」
 ニヤッと笑ってやったら、ボッと真っ赤になりやがった。どこまで純情なんだオマエ? 首まで真っ赤ってありえねェだろ? おいおい、オマエの前にいるのはおれだぞ。サンジだぞ。んなツラ見せるのは死ぬほどイヤな相手だぞ?
 からかうのはこれまでだな……これ以上煽ったら、間違いなくおれに斬りかかってくる。
 そんなことしてる場合か、オマエ? もう一押しで落ちる相手をみすみす逃すか? それも面白れェがあいにくおれはフェミニストだ。さんの心情を考えりゃな、自ずと道は決まっている。

「邪魔して悪かった。追いかけろ」
 水平線に沈む夕日に目をやりながら、深く息を吐いた。
 そんなおれに何を思ったかしらねェが、だだっと足音をたてて彼女を捕まえようと走り出す。その背中に、がんばれよなんて声をかけるわけがねェ。

 んまぁ、よいとこ一週間はかかるな。いや、下手すりゃ二週間か。ナミさんの助力を仰いで十日ってとこか。
 くくくっ、邪険に扱われるマリモが目に浮かぶ。やばい……ツボはいった。腹筋が震えてしかたねェ。
 ここで、おれが思いっきり笑っちまったら、一ヶ月はかかるな。くくくっ……我慢だ。我慢。ぶっほっ……マズイ。我慢しようとすればするほど、笑いの発作が襲ってくる。
 愛しいさんの幸せなツラが拝みてェから、我慢だ。我慢。堪えれば堪えるほど、肩が震える……。腹が痛ェ……。胸が痛ぇ……。

「サンジ? ナニしてんだ? 」
 うおっ!!!! びびった。突然、声かけんじゃねェ、くそゴム!!!!

「ナニ泣いてんだ? おめェ? 」
 はっ!!!!??? 泣いてねェし……。こりゃあれだ、笑いを堪えすぎて涙が出ちまっただけだ。

「ちょっとな、マリモが可笑しくってよ。笑い堪えてたら、涙まででちまっただけだ」

「そっか、ならいい。それよかよ、おれ腹減った。今日のメシなんだ? 」
「ああ、今日か……そうだな……」
 瞬時に今日の献立に頭が切り替わる。どこまで見透かしてるかわからねェが、ルフィの言葉に救われた気がした。




2009/12/16


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