faraway
















貴方の元へ、飛んで行けるなら・・・・



お前を浚って行けるモンなら





――― 神だって・・・・信じるのに










グランドラインをそよぐ風が、ジョリーロジャーをはためかす。髑髏の左眼には、三本の線。


燃える様な赤い髪を持つ男、シャンクス率いる赤髪海賊団。
旗揚げして間もない此の海賊団は、生き馬の目を抜く勢いで海賊の高みを目指して駆け上がる。



「お頭〜〜〜ッ!!!!島が見えて来ましたああッ!!」

見張り台に立つクルーの声が、甲板に響く。


「ああ、見えてるよ・・・こりゃ綺麗な島だな」


黒いマントを翻し、赤い髪の男が苦笑して船首に歩いて行く。


「何て島だ?」

「―――― アンダルシア」

船首の下に座り、銃の手入れをしていたベンと、骨付き肉を貪るラッキー・ルウが顔を上げる。


「結構デカイ島だが、治安もいいらしい。羽根伸ばせるな、久しぶりに」

ベンの呟きに、シャンクスはニヤリと笑う。


「今夜もいい酒が呑めそうだ!」

「またアンタ今夜も呑む気か?!二日酔いだって言ってたじゃねェかッ!!」

「アアアッ!耳元で叫ぶなッ!!」


甲板に楽しげな笑い声が響いた。








栗毛の馬が、街に向かって駆ける。砂埃を巻き上げ、力強く大地を蹴る蹄。


豊かな金髪を揺らす少女が、鞭を振る青年の胸の中で俯く。心地良い風に白いドレスの裾が広がった。


青年はグッと手綱を引き寄せ、馬を止めた。


様・・・・大丈夫ですか?」

「話すのに、わざわざ馬を止めなくてもいいわ。別に、舌を噛んで死んでもいいもの。
 ああ、其れから、二人の時は 「様」 は止めて、バルドー」


と呼ばれた少女は、薄紫の瞳にキツイ色を浮かべた。


「はいはい。恐いお姫様ですね・・・」


バルドーは苦笑して、を見つめる。


勲章の並ぶ上着を握り締めた、の白い片腕。此の距離が、今の二人の全てだった。



幼馴染として育ち、兄の様にを見護り、大切にしてきたバルドー。
其の想いが自然に 「愛」 に変わった事を、は受け入れようとはしない。


「恐いのは、人間よ・・・母上一人じゃ満足出来ないなんて・・・心から父上を軽蔑するわ」
 何もかも嫌だわ。宮廷も、父上も、あの人も・・・・自分も・・・」


国王と王妃の口争いを思い出して、の声は微かに震えた。



「愛妾の事で貴女が悩むのは解りますが。、世の中は悪い事ばかりじゃない」


バルドーはが苛立つ度に、こうして街や森に連れ出していた。


「街が見えて来ましたよ。さあ、貴女がそんな顔をしていると、皆が心配します」

「・・・・心配?誰も私の事なんて、心配したりしないわ」


可愛げの無い態度の中に心の闇を数えながら、バルドーは苦笑する。


「私は、貴女の幸せを心から願ってますがね・・・」


バルドーの言葉を聞き流し、は肩越しに見える街を眺める。
鞭に急かされた栗毛の馬は、嘶いて走り出した。






商業と漁業に栄えるアンダルシア王国。


大きな街は、沢山の人々でごったがえす。バルドーは馬の歩みを緩めて、雑踏の中に目を留めた。
視線の先には、大声で泣く子供。


「迷子か・・・ちょっと待っていてくれますか?」

「えぇ」


は頷いて、バルドーの腰から手を離した。
駆け寄ったバルドーは、子供の前に屈み頭を撫でている。は優しい瞳で微笑んだ。


「あッ、様じゃない?」

「え?・・・本当だ!!我が国のプリンセス、様だ!!」

「こんな近くで、姫を見れるとは!!」


人々がドッと押し寄せる。馬上のは、慌てて頭を下げた。


「是非、私共にお言葉を!!」

様!」

「姫様!!」


感激する群集に気づき、バルドーが青ざめる。バルドーが近づくより一瞬早く、興奮した馬が嘶いた。


ヒ・・・・ヒヒ――――――・・・ン・・・


怯えた栗毛の馬はを乗せたまま、人垣を振り切って駆け出した。


「きゃぁぁぁあッ!!!・・バルドーッ!」

!!・・・・」


瞬く間に馬は全力で疾走し、街は人々の悲鳴に包まれた。
は、馬の首に必死でしがみ付く。汗ばんだ馬の背中が、大きく揺れる。


ガシャ――――――――ッン・・・バリィィンン・・・・


「きゃッ!」

馬は並んだ品々や露店先を蹴り飛ばして走る。手も震え、手綱にも触れる事が出来ない。
首にしがみついていた手が痺れ、感覚が無くなる。



               振り落とされる・・・・

               誰か・・・



小刻みに揺れるの視界に、黒い何かが横切った。



               ・・・・・え?



誰かが手綱を握り、あぶみに足を掛けた。
馬の背に素早く乗り込んだ黒い影は、手綱を引き絞って馬を静める。


ヒィ――――――――ッ・・・ン・・・ブルルル・・・ルル・・


「・・・・よーし、いい子だ・・・お嬢さん、安心しな。もう大丈夫だ」


逞しい男の腕に抱き寄せられ、言葉を失う。揺れる薄紫の瞳を上げる。


「あ・・・ありがとうございます・・・・」


目が眩む様な赤い髪には、麦わら帽子。左眼に掛かる3本の傷から、優しい瞳が覗く。


「怪我無ェか?」

「ぁ、はいッ!・・・私はバーリー・キア・・・・宜しかったら、お名前を・・・」

「・・・シャンクス」


シャンクスはニッと笑ってから手を離し、馬から飛び降りた。


「降りるか?」


広げられたシャンクスの腕を見て、は頷いた。
フワッと白いドレスが宙に浮き、の身体がシャンクスの腕の中に収まる。


温かい腕に抱かれたは、こみ上げてくる初めての感情に戸惑う。
二人は暫く見詰め合って、微笑みあった。



!!!!」

聞き慣れた声に振り返ると、息を切らせたバルドーが駆け寄って来た。


「ハァ・・・・ハァ・・・お怪我は・・・ありませんか・・・」

「えぇ、バルドー。こちらの方が・・・シャンクスが助けて下さったの」


改まった会話に、シャンクスはボリボリと頭を掻く。
シャンクスの頭の先からつま先まで眺めたバルドーが、低く聞き返す。


「・・・・シャンクス殿?」

「ああ」

「この度は、我が王国の姫の危うき所を助けて頂き、誠にかたじけない。
 恩にきます、シャンクス殿・・・・例え貴殿が、海賊を纏めるお立場であろうと・・・・」


深々と頭を下げたバルドー。暫しの沈黙が3人の間を流れた。


「・・・シャンクスが・・・・海賊?」

「・・・姫?!・・・て、お前が??」


シャンクスとは、二人瞳を見開いてお互いを見つめた。


「だっはっはっは!!参ったな。一国の姫だったとはな。道理で見惚れちまうハズだな」


大声で笑うシャンクスに、もクスクスと笑った。


「貴方みたいな素敵な人が、海賊だなんて・・・世の中、何かおかしいわ」


何年ぶりかに見る、無邪気に笑うの姿に、バルドーは拳を握り締めた。


「さぁ、。王宮へ帰りましょう。ドレスも汚れてしまいましたし・・・」

「・・・・え?もう少し、シャンクスと話したいわ」

「なりません。国王様も王妃様も、心配なさいます」



の顔が、みるみる内に泣きそうになる。バルドーは溜息を吐いた。



「・・・・・貴女のそんな顔を見るのは辛い。では、日暮れまで私は此処で待つ事にします」

「おいおい、いいのか?海賊の俺に大事な姫を預けちまって」


シャンクスに向き直り、バルドーは淋しそうに笑った。


「貴殿の、澄んだ瞳を信じます。赤髪海賊団船長、シャンクス殿」

「ありがとう、バルドー!!・・・シャンクス、私じゃお嫌かもしれないけど・・・」

、海賊船に遊びに来るか?」


の言葉を遮り、シャンクスが笑う。は嬉しそうな顔で微笑んだ。
二人から背を向けたバルドーは、馬の首を撫でながら唇を噛み締めた。







アンダルシア港で、風を受ける赤髪海賊団のジョリーロジャー。

は興味津々な様子で、大きな海賊船を見上げた。シャンクスは其の横顔に苦笑する。


「おい、誰か居るか!縄梯子を降ろせ!!」


派手なバンダナが船縁から覗く。

「何だ、お頭じゃねェか。早かったな。人質か?」

「バカヤロッッ!客人だ!!」

怒鳴ったシャンクスの前に、縄梯子が振ってくる。

「きゃッ!」

「海にでも落ちたら、大変だからな。あのお守り役に殺されちまう」

笑ったシャンクスは、を肩に担ぎ上げて空を見上げた。
ギシギシとしなる梯子と船が浮かぶ水面を見つめ、は頬を染めて身を任せた。


「・・・・客人か?」

煙に顔を顰めたベン・ベックマンが、甲板のシャンクスとを交互に見比べる。


「聞いて驚くな。此のお嬢さんは、アンダルシア国の姫だ!!」

「「「「「「 何ィィィィィッッ!!!! 」」」」」」


一斉に大勢のクルーから注目されたは、金髪を風に靡かせてお辞儀をした。


「コラッ!何て顔で見てやがる!!」

鼻の下を伸ばしたクルーの前から、を抱き寄せるシャンクス。
真っ紅になったに、ますますクルー達は奇声を発した。


「・・・お姫さんも喰うか?」

目の前に差し出された骨付き肉に、は大きな瞳を益々見開いた。
丸いサングラスの中の眼は窺えないが、優しい声には微笑んで頷いた。

、あんまり喰うと、コイツみてェになるぜ?」

「お頭、この野郎!!ブッ飛ばすぞ!!!!」

「ぎゃははははははッ!!」

「あははッ・・・酷いわ、シャンクスったら・・・」

声を上げて笑うの横顔を、眩しそうにシャンクスは見つめた。





短時間ですっかり海賊達とも打ち解けたは、船縁に立ってグランドラインを眺める。
の気持ちをあざ笑う様に、水平線に太陽が沈む時間が近づく。


「おい、何て顔してんだ?」

「シャンクス・・・・」

振り向いた先に、苦笑するシャンクスが黒いマントを揺らす。
赤い髪が夕陽を受けて、一段と眩しい。


「・・・・帰りたくないわ」

「そりゃ困ったな・・・・じゃあ、明日も来ればいいじゃねェか」


ニヤッと笑うシャンクスに、両手で口を押さえる


「いいの?」

「あぁ、勿論。さえ良ければ、いつでも来い」


は、思わずシャンクスに駆け寄り胸に顔をうずめた。
強い海風が吹き、シャンクスの麦わら帽子が甲板に落下する。


「・・・・?」

問いかけに応えず、はシャンクスのシャツを握り締めた。


「こんな・・・気持ち・・・・初めてなの。もっと、もっと・・・いっぱい貴方と居たい・・・」


船内のラウンジから、海賊達の歌声とグラスを合わせる音が聞こえる。
シャンクスの両手は、の震える細い肩を抱いた。

「じゃあ、明日もの顔が見れる様に・・・」

「・・・え?」


顔を上げたの唇に、シャンクスが優しくキスを落とした。
シャンクスの温かい唇は、の身体を蕩かせる。



「聞こえなかったか?明日も、と逢いてェんだ。もう一度、確認のキスだ・・・」


の金髪を優しく撫でながら、シャンクスはもう一度口付けを与えた。
唇を離したは、潤んだ瞳でシャンクスを見つめる。



夕陽の中のシャンクスは、決して手の届かない炎鳥に見えた。



「みんな、俺はを街まで送って来るな!」


シャンクスの声に、船室からにやけた顔を出すクルー達。



「お頭、ホントに無事に送れんのか?」

「お姫さんを襲うんじゃねェぞ、お頭!!」

「可愛いからなぁ、は〜!」


船室から顔を出して、口々に冷やかすクルー達に、シャンクスはべッと舌を出す。


「もう、唾付けちまった!!は、俺のモンだッ!!」


激しいブーイングの嵐がシャンクスに飛ばされた。は、真っ紅になって俯く。


「よし、行くか」

「きゃッ!」

楽しげに笑うシャンクスは、最初と同様にを担いで縄梯子を降りた。





夕陽の中に見慣れた姿を見付け、は小さな溜息を吐く。
シャンクスの手が、ポンッと華奢な背中を押す。


「お帰りなさい。よく、帰ってきましたね、様」

「バルドー・・・」


バルドーはシャンクスに対して丁寧に頭を下げた。


「我が姫に、楽しいひと時を過ごさせて頂き、感謝致します、シャンクス殿」

「あ〜あ〜、堅苦しいのは抜きだ。じゃあな、。また明日な」


シャンクスの言葉に、バルドーの片眉が上がる。


「えぇ、また明日」


幸せそうに微笑むを見て、バルドーの胸に激しい痛みが走った。
バルドーは静かに騎乗し、に手を差し出す。


「ありがとう、バルドー。貴方の言う通り・・・世の中、悪い事ばかりじゃない」

段々と遠ざかって行くシャンクスの背中を見つめているが、小さく呟く。


「こんなに幸せで・・・ずっと笑ってたの、生まれて初めてかもしれないわ。・・・・私、幸せなのよバルドー・・・」

バルドーは、ポタリと自分の手の上に落ちてきた雫に、気付かない振りをして馬に鞭を入れた。









 






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