最初は―――
最初に惹かれたのは。
その、両眼。
<eyes>
「2379、2380、2381……」
“んだよ、。気が散る、どっか行け”
“別にいいじゃない。私はここで本読んでるだけだもん。別に邪魔するつもりもないし。私がここにいるだけで気が散るなんて、それこそ
鍛錬が足りない証拠よ”
ナミのみかん畑に、脚を投げ出すように腰掛けて、持ってきた本を広げると、重さ百キロの錘がいくつもついた棒で素振り中のゾロ。
しばらく前にそんな会話をかわし、は読書を、ゾロは鍛錬を始める。
「……2390、2391、2392」
一心不乱に素振りをし、カウントを続けるゾロ。
それに対し、持ってきた本を… 読むはずの目は、いつの間にかそのページから離れ、ゾロを写して。
“今話題のミステリー小説よ。前評判どおり、すっごく面白かったわ。も読む?”
そう言ってナミがついさっき、貸してくれたその小説は、確かに面白い。
みかん畑に腰掛けて読んでいたけれど…、不意に耳に届いた、風をきる音。それに合わせて、数をカウントする男の声。
その数は、すでに四桁だった。それにまず、驚いて顔を上げたけれど…
そのとき視界に飛び込んできた男の姿に… の視線は、注がれっぱなしになった。
どうやら気が散っているのは。
の方らしい。
第一の事件が起こり、女性が行方不明になった。その女性の親友で、元マジシャンのミステリー小説家の主人公が、彼女の行方を追う
中、第二の事件発生。また女性が行方不明に。行方不明の二人を繋ぐ点と線、二人は無事なのか。犯人は誰―――?
そして次の魔の手は、主人公に……
丁度主人公が襲われたところ。キリのいい句読点で終わったページをまくろうとしたとき、そこで風をきる音と、ゾロの声。
本から顔をあげ、視線を下げたら、一心不乱に錘を振るゾロ。
鍛え上げられた逞しい肉体、そこから伸びる筋肉の隆起した腕、支柱をしっかり握る大きな手。
飛び散る汗、大きく振られる錘の音、空を切る軌跡。
静かにカウントする声、そして―――
真っ直ぐ、前を見据えているだろうその瞳。
錘を振り下ろすその先に―――何を、見てる?
最初に惹かれたのは、その瞳だったと思う。
何者にも曲げられない、真っ直ぐな、剛い精神。研ぎ澄まされた、透明な意思の力。
それを内包する、力強い光を放つ瞳。
その先に見据える物は、その野望のみなのか。
世界一の大剣豪。それがゾロの野望。
もちろん、その瞳が見据えるものは、その野望。それに対し、あくまで貪欲なゾロ。常に高みを目指し、剛さを求め―――
そんな瞳に、は惹かれた。
そして願う。
その剛い意思を宿すその瞳が、その力そのままに、自分にも向けられないかと。
その力そのままに、自分を欲してくれないかと。
は願った。
――小説、続き気になるんだけどな……
そう思いながらも、目が離せない。
もう、惹かれるのはその瞳だけじゃないから。
そもそも、本を読むだけならわざわざ、後方甲板・みかん畑にまで来なくていいのに。
そのまま女部屋かラウンジか、あるいはこの時間ならロビンが中央甲板にパラソル出してその下のテーブルで読書中だから、
一緒させてもらえばいいのだけれど……
わざわざここに来たのは何故?
ふっ… との表情が緩む。
……なーんて、答えは明白だけどね。
「2417、2418、2419…」
その唇でも、小さな声で一緒にカウントしながら。
ナミから借りた小説は、いつのまにか閉じられて、傍らに置かれていた。
「……2998、2999、3000」
きりよく、その数字で。
ゴトン、とその錘を置き、ぱっ、と振り返ってやった。
「!」
途端には、ぱっ、と傍らの本を取り、さっとページを開く。
何だか、わき目も振らずに本を読んでいるようだけど…?
――っとに、バレバレなんだよ。
ふーっ、と息を吐きながら、首にタオルをかけたゾロが、その端で汗を拭い。
歩き出した。
「よお」
みかん畑に通ずる階段を上がり、その背中に声をかけると、面白いくらいにその背中が揺れた。
「今、見てただろ」
言いながらゾロが、に近づく。
「な、何を!?」
が上擦った声で答えながら、口元を本で隠して振り向いた。
「俺のこと」
そう言って、至近距離までゾロが近づく。
「み、見てないもん。言ったでしょ、本読みに来たって」
そう言いながら、身を乗り出してくるゾロに対し、少し引き気味な体勢で。
けれどしっかり、ゾロを見上げる真ん丸い大きな瞳。
ダークブラウンの清んだ鏡のように、その瞳が自分を映すのを、ゾロは見た。
今は無邪気で可愛いその瞳が、変貌する瞬間をゾロは知っている。
空手家のが、敵と対峙し、戦闘体勢に入ったとき。
今見せているような、可愛らしい無邪気さは消え、真っ直ぐに敵を見据え、凛とした瞳になる。その冴え冴えとした、一瞬の隙をも
見逃しそうにない瞳は、瞬時に敵の攻撃を判断し、見事な体捌きでそれを避け、攻撃へと転ずる。
無邪気で、どこにでもいそうな可愛らしい少女。それからは想像も出来ない程、腕の立つ空手家。
二つの顔を併せ持つ。
その落差に。
無性に、魅かれた。
その瞳に、俺が映ればいいと。
そう思った。
「嘘だろ」
「嘘じゃないもん」
「本なんか読んでねェ」
「読んでたもん」
「声」
「えっ」
「聞こえてた。俺に合わせてカウントする声。途中から」
「うそっ」
「嘘じゃねェ」
「あんなに小さい声だったのに」
「ほらな」
「あっ…」
じりじりと、追い詰められて。
「ほら、落ちるぞ?」
「きゃっ」
チェック・メイト。
捕まった。
じりじりと迫るゾロから少しずつ、引いていた身体。
それでも、自分がどこにいるのかは忘れてはいない。だって、自らの意思で、ここに来たのだから。
――ゾロを、見るために。その傍に、いるために。
だから、落ちないように動いていたのに。万一、落ちても受身は取れる。
けれど。今は、彼の腕の中。
「ま、どっちでもいいか。今は、確実に俺を見てるしな」
コレ、邪魔だ。
そう言った唇が、の額に、こめかみに、頬に、キスを贈る。
その間に、彼女が構えるように持っていた本を取り上げて傍らに置き、邪魔物がなくなったところで、その身体をより一層、引き寄せて
抱きしめて。お互い、至近距離で見つめ合って、接吻(くちづけ)る。
「……今、だけじゃないわ」
ずっと、見てるもの。今までも、これからも。ずっと。
唇が離れた後、がゾロの首に腕を回し、彼の耳元で囁く。
「いいでしょ?」
見つめ合える程度に離れてが訊けば、
「ああ」
見てろ。これからもずっと。
そう言って、ゾロが抱きしめてくる……
よく晴れた、波の穏やかな。平和な昼下がり。
<fin.>
「Eastern Tea Room」葉月夕子様。ゾロ誕DLFでかっさらって参りました。
甘いゾロ。読んだ瞬間、仰け反りました。
鼻血が出るような眩暈くらくら、私には絶対書けないゾロでした。
ゾロのセリフに、もう……あかん。と、なりましたv
葉月夕子様、ありがとうございました。