夢百合草 −あるすとろめりあ−
その花は、何気なく、いつも飾ってあるような花で…
花の容姿は、あまり見栄えのするものではないので、好き嫌いは別れるところだろう。
しかし、その地味さ加減が、他人事には思えず。
私は、その花が、とても好きだった。
花の名前を、アルストロメリア、という……
この花は、地味さ加減とは裏腹に、なかなかに、しぶといところがある。
他の豪奢な花がしおれて行っても、この花は姿勢を崩さない。
私には、それが、とてもとても羨ましかった。
私にはない、その凛とした姿勢が、とても羨ましかった……
は、アルストロメリアを見ながら、一つ、息をついた。
少しは私も見習わないと…。
そう思い、常に、背筋を伸ばし、きれいな姿勢でいようと努めた。
……せめて、姿勢だけでも……という思いで。
コウシロウの門下生の中で、特別、強い奴がいる、と村では噂だった。
名前をロロノア・ゾロと言い、世界一の剣豪になると、豪語しているらしい。
は、よく、ゾロが一人でこっそりと、けれども時間を忘れるくらいに熱心に
林の中や、夜の野原で、懸命に稽古をしているのを目にしていた。
…ゾロならば、なるかもしれない……
その姿を見かけるたびに、そう思っていたが、ゾロは、にとって、
違う世界の、名前だけを知っている存在でしかなかった。
ある日、買い物を済ませ、家に飾るための花を買ったら、
大きな荷物となってしまった。
両手で、買ったものと、花を抱えて歩いていたが、手が痺れてきて、
持ち直そうとしたとたんに、紙で包んでいた花を落としてしまう。
慌てて拾うとすると、手を伸ばして、先に拾ってくれた相手がいて、
顔を上げるとゾロだった。
「あ…ありがとう」
「おい、大丈夫かよ、持ちきれねぇじゃねぇか。持ってやるよ」
そう言ってくれて、荷と花を持ってくれた。
「この…百合に似てる花、何て名だ」
そう尋ねられ、は驚いた。
他にも、きれいで見栄えのする花は、一緒に買ってあった。
だが、ゾロが尋ねたのは、その中で、補助的に買った花…
アルストロメリアだったからだ。
「あ…あるすとろめりあ……」
「へぇ…」
ゾロは、そう言った。
歩いていても会話が無かったために、だから、花の名前…しかも、自分の知らない花の
名前を尋ねただけかもしれない。
だが、には、アルストロメリアを目に止めてくれたことが嬉しかった。
まるで、自分を目にとめてもらえたような気がして……
それ以来、ゾロは、にとって気になる存在となっていた。
けれども、は、想いを告げるでもなく、会えば挨拶をする程度で。
それは、「名前を知っている程度の存在」、だった人物が、
「挨拶を交わす程度」になっただけの話だった。
……表面上は。
相変わらず、ゾロは世界を目指すという遠い存在であることには変わらない。
自身は、そんな大きな野望も持っていない。
は、アルストロメリアを見てため息をつくことが多くなった……
そして、ゾロを目で追うことも……
アルストロメリアは「夢百合草」という名前も持つ。
それを知った時、は、苦笑した。
なんとも、似合わないような、儚い名前だろう。
そして、今の自分を皮肉っているような名前だろう。
何の行動もせず、ゾロのことを考えているだけの自分を皮肉っているようではないか。
そう思い、苦笑した。
それから、間もなく、ゾロが、世界一の剣豪を倒すために島を出ると話を
耳にした。
島を出る・・・?
少なからず、動揺しただったが、だからと言って、何ができるわけでもない。
世界一の剣豪を目指すと言っていたのだから、当たり前のことなのだ。
ここで、自分の想いなどを告げても、海へ出ると決めたゾロにとって、
迷惑なだけの話だ。
引き止める、なんて、とんでもない……そんなこと、できるわけがない。
そう思い、いつものように、買い物へ出た。
そして、花屋で花を買う…
これもいつものことだ。
今日も、思いのほか、大きな荷となってしまい、は、重そうに花と荷を
持ち歩いていた。
「また花を落とすぞ」
と声をかけられ、振り向くと、ゾロが立っていた。
だいぶ前のことなのに、覚えていたんだ……
は、嬉しく思い、わずかに微笑んだ。
ゾロは、黙って、いつかのように、花と荷を持ってくれた。
「もうすぐ、島を出るんだが…」
そう話し出すゾロに、は、知ってる、と頷いた。
「その前に、言っておこうと思ってな」
唐突にそう言われ、は、ぎょっとした。
なんだろう。
いつも目で追っているのに気がついていて、
気持ち悪かったとか、鬱陶しかったかとか…
そんなことじゃないだろうか…
は、びくびくとしながら、ゾロの言葉を待った。
「お前、いつも、すげぇ姿勢、良いよな」
「え…?」
「いっつも、そうやって、すっと背筋、伸ばしてて」
そう、何もとりえが無いから、せめて姿勢だけでもきれいでいようと思っていた。
は、ゾロにそれを気付いてもらったことを知り、わずかに頬を染めた。
褒められたようで嬉しかった。
「上手く剣が上達しなくて、へこんだりしていた時でも、お前のその、すっと
伸びた姿勢見ると、まだ、がんばってみるかって気になったんだ」
は驚き、目を見開いて、まじまじとゾロを見つめた。
ゾロが?
私の姿勢を見て?
「お前の、その姿勢の良さが…健気そうな、一人でも、すっと背を伸ばしている、
芯の強そうな姿勢の良さが、励みになった。
一人で稽古してた時、辛くなっても、その姿勢を思い出して、稽古を続けられた。
礼を言う」
そう言われ、どう答えて良いのかわからずに、は、ただ、ゾロを見つめた。
何か、言わなくては。
しかし、丁度、の家の前まで来てしまい、ゾロは、
「島を出る前に、言っておけてよかった」
と言い、去って行った……
は、泣きたくなるほど嬉しかった。
他の花の中から、アルストロメリアに目を止め、名前を聞いてくれた時よりも。
私でも、あんな強い人の励みになっていたんだ…
それだけで、十分だ…
は、そっと笑い、そして、飾ってるアルストロメリアに目をやった。
この花のおかげだろうか…
そっと触れると、ぱらり、と、そのアルストロメリアは潔く壊れ果てた。
気がつかなかった…
このアルストロメリアは、とうに枯れていたんだ…
枯れても、同じ姿勢のままで……
それを見て、は、何かを決心したように、家を出た。
そして、色とりどりのアルストロメリアを両手いっぱいに買い込むと、ゾロの立ち去った方向へと
走り出した。
そして、ゾロの姿を探す。
いた。
「ゾロ!!!」
振り向いたゾロに、息を切らしながらも駆け寄り、花を渡した。
そして、
「この花…」
と、言いかけると、ゾロは
「ああ、よく、お前が買っている花だよな」
…他の花に比べて、控えめな見た目なのに、何故か、目が行く…
に良く似ている。
と、ゾロは口に出さずに思っていた。
「この花、他の花よりも長持ちして、そして、枯れても、同じ姿勢のままでいるの…
私、この花のようでありたくて…あの…」
上手く、言葉はつながらない。
言いたいことは、多くある。
その中で、伝えたいことは、たった一つであるのに。
の口を出た言葉は
「…世界一の剣豪になるように……武運を…祈ってます」
まったく違う、そんな言葉だった。
「それを言うために走ってきたのかよ」
ゾロは、笑った。
もつられたように笑う。
そして、
「……ゾロのこと…」
言いかけたが、やはり言葉を飲み込み、何でもない、と首を振った。
「……お前、変わるなよ…
ずっと、そのままでいろよ」
ゾロは、そう言い、そっと、の頭をなでた。
は、黙って、頷いた。
それから、数日後に、ゾロは海へと出て行った。
花、一輪を、大切そうに共にして。
後に聞いたところによると、がゾロに花を渡したあの日は
ゾロの誕生日であった、ということだった。
は、今日も背筋を伸ばし、歩いている……
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言い訳
夢百合草…アルストロメリアは正直言って、あまり好きな花ではありません。
それを、ゾロ誕に使うとは…本当にお前はゾロラヴァか?
自分で問いました。
でも、作品内でもかきましたが、この花、切花として、すごく長持ちします。
芯がしっかりしてるのかもしれないなぁ、と思ったら、ちょっとだけ
いじましく思えました。
また、しおれて枯れていくのではなく、その姿のまま枯れていく花で。
ずいぶんと潔く、壊れ果てる、とでもいいますか…
「死してなお、その姿勢を崩さず」というような風情があります。
でも、おお、これは、なんかゾロっぽくないか?とも思いまして…。
…誕生祝なのに、縁起でもない例えだったわ…
っていうか、青嵐、ゾロの誕生日、祝ってるのかよ、この話。
……すみません……
前に書いた、いくつかの話の焼き直しだろう?
……すみません……
いつもに増して、偽ゾロだしよ。
……すみません……
っていうか、ゾロ、あまり出てきてねぇし。
……すみません……
こんなんで、ゾロ誕をお茶を濁すのを許してください。
僕は、古風な女性も結構好きです……(お前の趣味かよ!)
…いいわけ、長すぎるっつーの……
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