The Wind of Andalucia 〜 inherit love 〜 7. 藤の花 「どう、着れた?」 ナミの声が、カーテンの影からした。 「はっはい!着れました」 心なしか言葉使いまで、微妙な変化を、遂げる。 更衣室から意を決して、出てきた。 りりしかった少年の面影が影をひそめ、あらわになった身体の線、全身からにじみ出る少女の初々しさ。 サンジは咥えていたタバコを、ぽとりと取り落とした。 ラブコックになることすら忘れ、視線を外すことも出来ず、ただひたすらの姿に魅了されて、 何も考えることの出来ないサンジ。 ラブコックにならないサンジに、がっかりしながら、それでもなお、何か声をかけてくれるのをひたすら待ち、 頬を染め、サンジを見つめる。 「何、見つめあってんの!!!きもい!!!」 二人だけの世界に、ナミが、割って入った。 「うっわっ!!!」 「うっおっ!!!」 やはり、二人同時に、びっくりした。 「中々、似合ってるわね〜」 私の見立ても、悪くないわねと思いながら、ナミは、にやにや笑っていった。 「「………」」 言葉の出ない二人。 「さてと、先に船に帰ってるから、あっ、剣と服は私が持ってくわ サンジくん、とデートしてきなさいな」 もう二人きりにしたほうが上手くいきそうだと、ナミは店員に金を払いながら、サンジに話しかけた。 「はっ!?ナミさん、何言ってんですか?」 魅了され、頭の回らないサンジの耳に飛び込んでた「デート」の三文字に、はっとし、 慌てて、サンジは体裁を繕う。 「馬鹿ネェ〜サンジくんとが一緒にいたのは、バレてるわけでしょう。 今のなら、絶対、別人に見えるから、適当にその連中見つけて、 男ともう別れて、どこ行ったか知らないようにしてきて。関係を絶ったように、見せかけるのよ」 に魅了されながらも、ラブコックにならないサンジに、コレはサンジくん今回は本気ねと、感じ、 心でほくそ笑みながら、少し真面目な顔で、言う。 「なるほど」 混乱する頭を抱えながら、ナミの作戦にもっともなモノを感じ、一応納得する。 「大丈夫よ!サンジくん目立つから、すぐ見つけてもらえるって!」 サンジの混乱ぶりが手に取るように分かるナミは、声にからかいをこめて言う。 「いや、そうじゃなくてですね」 やっべェ〜〜〜!!!俺ァ〜〜〜うぎゃ〜〜〜!!!! とデートvうッ嬉しいかも!って、うわぁ〜〜もう どうなってんだ!!!!!俺の頭は!!! ぐるりと巻いた眉の如き、サンジの頭はますます、混乱し焦りまくり、ナミに何を言っていいのか 分からなくなってきた。 「あん!!?文句あるの!!」 ナミの額に青筋が立った。 「ないです!!」 に向かって、上手くやんなさいと言っているような笑みを浮かべ、ナミは店を出て行った。 「ちっ!しょうがねぇ〜、…行くか。って、それじゃ〜不味いな。待ってろ!」 に言い残し、サンジはナミを追いかけて、店を飛び出して行った。 店先で、サンジの帰りを待つ。心の中は、荒れ模様。 初めてのドレス姿に、不安な心。ぎゅっと喉を絡みつく呪縛。ナミの笑みの意味。 サンジの態度……。ドレス姿の自分にラブコックにならなかったサンジに、 やはり私は女には見えないのだと、気落ちしていた。 また、気落ちするのが何故かも分からずに、鬱々としていた。 店先から眺める往来の人々、通り過ぎる人達の誰もが、自分のドレス姿を笑っているようで 段々、居たたまれなくなってきた。 すとんと階段に腰を下ろし、膝を抱え頭を下げ、小さくなってみる。 ちっぽけな自分の存在。ナミのような、ロビンのような器量があればいいのにと、またまた、自己憐憫。 置いてきぼりにしたサンジの事まで、罵りたくなってきた。 サンジの馬鹿!!クソ眉毛!!!変態コック!! ナミが好きなのは分かってるが…酷い……… まさか、本当に置いていかれた? 別の不安がの心に忍び込む。 サンジ!早く来て!! 泣きたくなってきたけど、ぐっと我慢する。 大通りを駆ける足音がする。 しゃがみ込み、自分の存在を消してしまおうとしているの肩に置かれた手。 「悪ぃ!!遅くなった!!」 置かれた手にびっくりして、はっと、顔をあげると、ハァハァと息遣いの荒いサンジの姿がそこにあった。 「コレ…似合うと思ってよっ」 手渡された紙袋の中身は、華奢な造りのサンダル。 「靴が、それじゃ〜合わねぇからな。ストラップで調節出来っから、サイズは大丈夫だろ」 の足元を見ながら、ぺらぺらと話し、ひざまずき、の靴を脱がせ、片方づつ、ゆっくりと、履かせていく。 足を触られる感触に、ピクリとなり、の内に見知らぬ感情が生まれてきた。 くらくらする頭に浮かんだ言葉に戸惑い、前から何故か、もやもやする気になる事を聞いてみた。 「…サンジはナミが好きなの?」 「、女言葉使うな……」 くそ〜〜〜可愛い。似合いすぎだぁああああ 思わず、ラブコックモードになりそうな所を、ぎりぎりの理性でとめる。 「やはりな。可笑しいよな。オカマみたいに見えるだろうな」 やはり…私にはこのドレス……。女の格好は似合わない……… ドレスに合わないからと、サンダルを買ってきてくれたサンジのやさしさに開きかけた心が、また萎んだ。 「いや……」 くっそっ…俺ァ……どうしちまったんだ? 「だったら何故、そんな顔になる?やっぱり、変に見えるんだろう?」 所詮、私は男として生きる運命なのだ…… 真っ直ぐに前を見て生きていこうと、決意した事すら、危うくなる心。 「ちょっと、黙ってろ。…で、この手は、こうだ」 サンジはの手を引き、立ち上がらせ、自分の腕に絡ませた。 「こうした方が、デートに見えっだろ?」 「では、参りましょうか?プリンセス・」 少々、おどけた言い方でサンジは、を誘う。 「サンジ……」 プリンセスと呼ぶサンジに、戸惑い、不安な心を隠せない。 「いいんだヨ、てめェは今は女役。プリンセス・」 自分のやってる事に戸惑いながらも、の不安をなごませるために の頭のくしゃりと、なでて、歩き出した。 「なんか、恥ずかしいぞ」 不安を映した瞳が、照れくさそうに笑った。 「あぁ、でも似合ってるぜ」 俺って、変だよなぁ…… サンジは、混乱する頭を、無理矢理現実に引き戻し、冷静に考え始めた。 程なくして、さっきの奴らに見つかったが、元来の口の上手さというか、元来の足さばきの良さで、片付け、 「デートの邪魔すんな!!!てめェらに、彼女が男に見えっかよ!!バーカ!!」 と、おまけに、蹴りとばした。 を襲ってきた男達は、の様変わりに気が付かず、男のを求めて散り散りに逃げて行った。 逢った瞬間に、レディだって、ハートとばしまくって 赤い髪を切り取った顔に見惚れて、 夜風に赤い髪をなびかせる横顔から目が離せなくて アラバスタの夜の哀しげな顔が忘れなくて アップル・ストゥリューデル……の時の空気 何より…今のの可愛らしさ…… は…レディだ…… 間違いねぇ・だろ…… 考え事をして歩くサンジの腕に、人ごみに押されたの胸が、かする。やわらかな感触。 いかん!こいつ…胸でけェ…… 島に降り立つ前から香っていた甘い香りが、徐々に強くなってきた。 ひといきがきれた時、サンジの肩先に何かが、舞い降りてきた。 藤の花。 少し先に満開に咲き誇る藤棚があった。 「藤っ……」 驚きの声をあげ、はするりと、サンジの手からすり抜けて行った。 垂れ下がる藤の花、甘い濃厚な香りの中、白いドレスで、少女の顔を見せる。 サンジは、赤い髪をほどいた姿が見たくて、ついっと、後から手を差し伸べ、束ねた髪をほどく。 赤い髪を藤の香と風がやさしくなでる。さらっと、広がる髪。 の風貌は、少女から、レディへと変わった。 「ちゃん、何で男のふりなんかしてる」 「私は……」 女と、告白したいが、祖母フレイヤ皇太后の手の感触が蘇り、喉を締め付ける。 サンジは、ぎゅっと、左手で抱き寄せ右手をうなじにあて、の顔を上向かせた。 「いや、ちゃん。俺のこころが、反応する。女だとしか、思えねぇ」 すっと、顔をおとし、サンジは唇を奪った。 サンジの唇はためらいがちに、のやわらかな唇を味わう。 の中で、サンジを押し返しなさいと叫ぶ声がする。 しかし、長い間なんの慰めも無く血を流し続けた心が、受け入れていく。 深まるキス。の唇がサンジに従い、進んでキスを受け入れはじめると、 サンジの内が、うめき声をあげた。 待ちに待った唇の、やわらかさ、あたたかさ、これこそが、長い間夢見てきたこと。 身体の力が抜け、藤棚に背をあずけ、サンジのなすがままにされる。 サンジの手が、の肌を求める。 「あっ…ぃ・いや……やめ………」 は、夢中になっていた自分を恥じるかのように、顔を赤らめ、サンジの手から逃れようとした。 「離さねェ!やっと、分かったんだからよ…もう少しだけ……」 サンジは、を仰向かせ、やさしいキスをおとした。 の心を、理解出来ない感情が渦巻く。 どうして、ドキドキするのだろう なんだか…恥ずかしい 気持ちよくて、ふわふわ漂ってるみたい どうして、どうして、どうして…… サンジはキスをするのだろう…… 私が、女だから……… ドレス姿に…欲情しただけなのか…… 「…もっ……もう、やめろ」 単なるラブコックの成せる業かと思いたったら、いたたまれなくなり、はサンジを押し返す。 「あっ悪ィ」 サンジは、思いのほかあっさりと、手をほどく。 「さっ、もう帰るか、みんな待ってるだろうし」 ちょっと照れくさくなり、思いついた言葉を言ってみた。 「ああ、そうだな」 やはり、ラブコックモードだったのかと、気落ちし、気落ちする自分の心に 理解出来ないものを覚え、むっつりと、言い返す。 の男言葉に、はっとし、雰囲気の怪しくなったのに気が付いたサンジは、思いつくままに言葉を並べる。 「ちゃん、無理に、男を装う必要ねェ〜んじゃないか?」 「………」 「大方、淋しいババァの命令だろ?男として生きろとかさ…」 「………」 「もう、ちゃんは、そんなの守る必要ねェだろ」 赤い髪をすきながら、頭にキスを落としながら、サンジは、やさしく諭していく。 「サンジ……。私は、女として生きていいんだよね」 サンジの言葉がに掛けられた呪縛を解いていった。 「あぁ」 「でも、私は分からない。ずっと、男として生きてきたから」 は淋しそうに視線を逸らした。 の赤い髪に絡まる藤の花と、その香りに、くらくらしながら言う。 「あのな……そのままで、充分レディに見えるさ。 俺ァ、自分が変になっちまったかと、随分悩んだ。 初めて逢った時から、レディにしか見えなかったからなぁ」 は、きょとんとした顔でサンジを見上げた。 「男の格好してたってな、男言葉使ってたってな、俺には、分かるさ。 ラブコックの俺様が、男に惚れるわけねぇかんな」 「惚れる?」 「そっさ」 照れくさそうに、タバコに火をつけながら、軽く言い。の手を取り、言った。 「ちゃんを、愛している」 「サンジ……」 「何だよ、おかしいか?」 「う…ん。……分からない」 何なんだろう、この気持ち…… サンジの言葉に浮き立つ心、何故そう思うのか、には分からなかった。 「まっ、いいさ、帰るぞ」 はぁ〜どこまで、ガキなんだ!?こいつはよぅ!! 一世一代の愛の告白のつもりが、「分からない」と、かわされ気落ちしたものの 何となく、自分の愛を受け入れる用意のできていないの未熟さに、気付き あっさりと、今は、引くことにした。 二人の上に、風が吹き、藤の花を吹き散らしていった。 |