The Wind of Andalucia    〜 inherit love 〜

5. アップル・ストゥリューデル



薄紫の夜明けの海。
クルー達よりひと足先に、起き出したサンジは、薄紫色の空の美しさと青い海原の美しさに
交わる水平線に、眼を奪われていた。
時が流れるに連れ、空と海が、色を変えていくのが惜しかった。


昨日のあれから、は必要最低限しか口を利かず、自分の殻に閉じこもったままだった。

「今日は、アレでもだしてやるか……」
独り言を呟き、一日が始まった。


昨夜の夕食、今朝の朝食、昼食、三度とも「食べたくない」と
男部屋に閉じ籠もったままのを、思いながら、サンジは本日のおやつの調理している。

生地作り、小麦粉をぬるま湯と塩とサラダ油でゆっくりと練って、しばらく寝かせる。
生地を寝かせる間に、中に入れるリンゴの皮むき、程よい大きさに刻み、レモン汁とラムレーズンを加える。
寝かせておいた生地を、打ち粉をした、テーブルの上で、ぐいぐいと伸ばしていく。
出来るだけ薄く、サクサクとした歯触りになるように、紙のようになるまで伸ばす。
伸ばした生地に、溶かしたバターを塗り、台になるスポンジケーキをポンポンとリズムよく並べ、
その上にリンゴを乗せ、くるくるっと、生地で巻いた。

「おっ!俺って、天才!!いい具合に巻けたなっ」

ふんふんふんっと、鼻歌と歌いながら、オーブンで焼き上げていく。

「うっほっ!!上出来!!!ヤロウ共にゃ勿体無ェなっ!!!」

考え事をしながら作ったわりには、流石一流コック、素晴らしい出来ばえで
切り分けると、あたりに、美味しそうな甘い香りが立ちこめた。



「ナミすわぁ〜〜ん、ロビンちゃ〜ん、おやつです。
 今日のおやつは、アップル・ストゥリューデルです」
流れるような動作で、甲板のテーブルに、サンジは皿を並べる。

「うわぁ〜サンジくん、美味しそう。ありがとう」

「まぁ、ありがとう。コックさん」

「いえ、美しいお二人のためですから」
渋みの少ない特別にブレンドした紅茶を注ぎながら、リップサービスも欠かさない。
この男、どこまで真面目なのか、不真面目なのか。
今も、鼻は膨らみ、眼はハート、おまけのタバコの煙も、ハートになっている。

「サンジ〜〜〜〜俺達の分は?」

「てめェらの分は、ラウンジだ!」
幾分、荒っぽさの籠もった声で、視線も向けず告げた。

「いやっほ〜〜い!!」

「ルフィーーーーずるいぞ!全部喰うな!」

「俺の分〜〜〜〜〜」
3人が、我先にと、争いながら駆け抜けていく。

「あらっ?サンジくん、ひとつ多いけど?」
テーブルの上には、皿が3つ。今更、気付いたかのように、ナミが言う。

「あっ、はい。に持っていってやろうと、思いまして」
少しとぼけた顔をして、ナミを見ないようにして、サンジはさらりと言った。

「ふ〜〜〜ん。サンジくん、には、やさしいのね」
したり顔で、サンジの顔を覗き込んだ。

「はっ!?まさか!?」
     やっべ!!ナミさん、鋭すぎるぜ!!
心では焦りながら態度を崩さず、覗き込まれても、視線を合わせず呟いた。

「ふっふっ。美人ですものね」
ロビンが何気なく微笑を浮かべて言った。

「げっ!!!やめて下さいヨ。あいつは、男ですヨ」
     たっはっははははっ、お二人とも、鋭でェかんな〜まいった。

へらへらと笑いながら、決してナミとロビンと視線を合わせずに、
サンジは男部屋に「アップル・ストゥリューデル」を運んでいった。




男部屋の隅で、うずくまっているの鼻に、美味しそうな匂いが届いた。
懐かしい甘い香り。の腹が、きゅるぅ〜と、なった。

「オイ、。おやつだ」
顔をあげると、皿とティーカップを持って、予想通りサンジがいた。

「……アップル・ストゥリューデル」
目の前に、差し出される皿。

「あぁ、好きだって、言ってたろ。喰えよ」
押し付けがましくない、サンジの言葉に、手が自然に動いた。

口内に広がる、甘いりんごの味。

アップル・ストゥリューデル、バルドーの屋敷のメイドが作ってくれた思い出のお菓子。
自国での、唯一の避難所であったバルドーの屋敷に行くと、必ず、出されたお菓子。
りんごの味の思い出が、やさしくを包み込み、咀嚼する度に、内側から
ささくれ立った心が、癒されていく。



傍らで、じっと、の食べる様子を、見守っていたサンジは、の人を寄せ付けない
雰囲気が薄らいできたことに、気付いていた。
慎重に、の負担にならぬように、軽くさらりと尋ねた。

「なぁ、何で、国を捨てた」
大して聞く気の無さそうなそぶりで、タバコに火をつける。

「…私は、……祖母は、憎しみの道具として、母上と私を利用した。
 バルドーと婚約していた母上には男子を産む事だけを、望み……」
食べるうちに落ち着きを取り戻し、誰かに打ち明けて楽になりたいと思う気持ち、
打ち明けるならサンジしかいないという無意識の心が、の口から言葉を、つむぐ。

「ん?待った。バルドーは、の親父じゃねぇだろ?」

「あぁ、違う。母上は…私を産んだ時になくなり……父上は………いない」

「どういうこった?」

「分からない。もの心ついた時には、私は王宮で皇太子として、育てられていた。
 バルドーにも、周りの者にも、聞いてみたが、……教えてもらえなかった」

「って事はだ、バルドーの言葉」

「そう、父上の秘密は、礼拝堂にある」

「私は、母上も父上も知らずに育ち、祖母には皇太子としてだけ生きるように……」
王宮での暮しを、淡々と打ち明けていく。感情を出そうとせずに。

サンジには、その口調のほうが、痛々しさが増し、祖母フレイヤ皇太后には、
思わず咥えたタバコを噛み切りそうになる程の、怒りと哀れみを覚えた。

は自分が女である事は、打ち明けれなかった。それ以外のことは打ち明けたのに、
何故だか、言ってはいけない事のような気がして、眼に見えない呪縛に囚われたように
その事を言おうとすると、喉がぎゅっと、締め付けられる感覚に襲われた。


黙って聞いていたサンジが、徐に話し出す。

「淋しいババァだったんだな」

「淋しい???」

「そっさ、てめェの夫が、女作って子供作ってよっ、その挙句、自分の産んだ子は女だったからって
 権力まで、そっちの男の子に持ってかれちまって、自分には、何も無ェからな」

「愛せなかったババァ……かわいそうなヤツじゃねぇ?」

「憎しみなんて持たずによう、娘のの母親を、愛してやりゃー良かったんだよ」

「愛?」

「そっさ、男が振り向かなねぇんなら、他の男さっさと探してな!
 それによ、自分の子、愛するのは当たり前じゃねぇ?
 出来なかったババァは、淋しいかわいそうなヤツだったんだよ」
サンジは、ちょっと呆れたように、そして、哀れみを交えた口調で、言い聞かせた。

フレイヤ皇太后が淋しい人だったという、違う側面から物事を見る事の出来るサンジに。尊敬の念を持ち。
また、これは単なる、フェミニストの成せる技かと思い、言った。

「サンジは……愛が溢れるラブコックだからな」

「はははっ、てめェ〜ケンカ売ってんのかよ!?」
乾いた笑いで、ちょっと照れくさくなって、いつものノリで言い返し、言葉を繋げる。



「親を知らねぇだとか、ババァの憎しみの道具だっだなんて、
 が自分から、まねいた事じゃねぇだろ? 逆らってみたのかよ、抗ってみたのかよ」

に蒼眼が真っ直ぐに向けられ、射抜くような口調で、諭す。

「私は……」
向けられた蒼眼に、視線を逸らせず、くちごもる。

「けつまくって、国とんずらしてそれで終わりか?てめェはアホかよ」

「逃げてどうするよ。国を継ぎたくねぇんなら〜それなりのケジメつけろよ!」

「拗ねてんじゃーねェよっ!ガキ!!」

「私は拗ねてない!」

「拗ねてるね、昨日からの態度は何だ!!てめェはビビちゃんの何を見た!!!!」


バルドーの生き方、クルー達の生き方、お手本のようなビビの強さ
色んな眼に見える物、見えない物を、見てきた、感じてきたはずなのに、
まだ、自分の過去に囚われ、後ろを向き、幼い頃の影に隠れ、自己憐憫にひたり
前を向こうとしないに、じれったい思いを隠せず、サンジは声を張り上げた。


きっとサンジを睨みつけ、ぶるぶると、肩を震わせながら、心が悲鳴をあげる感覚に
押し潰されそうになりながら、やっとの思いで、言う。

「私は、私は、自分の運命から確かに……逃げた。
 ……ビビの国に対する愛。………そんなものは私には無い!」

「アホかよ、てめェが、国を捨てたのはナ、自分とライルとの王位継承争いの結果
 人が死ぬことを、恐れたんだろう?」

「あるじゃねェーかよ。国に対する愛」

まだ、分からんのかこいつは、と、粋分呆れた口調で、決め付けるかのように言う。
背中に”どん!!”と、文字のでそうな勢いだった。



サンジの言葉が、の乾いた心に、沁み込む。

思い出される言葉「俺達は自分に恥じる生き方はしてねぇ」


    小さくて何も分からなかった自分。
    アンダルシア王国、王室に生まれおち、母を亡くし、父は知れず、祖母に疎まれ
    私生児として、育った。
    祖母の憎しみの道具、駒のひとつとして利用されるだけの日々。
    自分から動いたことは…祖母亡き後、命を狙われ、逃げ出す事のみ……

    私は、自分が、恥ずかしい。
    
    何が王室の生まれ、何が海賊。
    私に、彼らを……論じる資格は無い

    生きてみせよう、ただのとして。
    いつか、国へ帰ろう。
    バルドーとの約束を果たそう。

    運命から逃げていては、駄目なんだ。

    地に足をつけ、前を見据えて、真っ直ぐに、生きていこう。



考え込んでいたの顔が上がり、サンジを真っ直ぐに見て、打って変ったすっきりとした表情で、唐突に言う。

「サンジ!バルドーとの約束、覚えているか」

「ん?」

「サンジは、私の騎士だったな」

「あぁ、男を護るなんざ、不本意だがな」

の一転した明るい澄みきった薄紫の瞳に、吸い込まれる感覚が襲うが、冗談めいた口調で誤魔化した。

「ふっふっ、ありがとうサンジ」

    こうして、辛口の助言をしてくれるのも、騎士の役目だとでもいうのか
    不思議な人……サンジ………


見つめ合うことが、極自然のように思えて、視線を逸らせなくなり、二人の間に、おかしな空気が漂う。





「サンジくん!話終わったみたいね」
ナミが、顔を覗かせた。

「うっわっ!!!」
「うっおっ!!!」
二人同時に、びっくりして、飛びあがった。

「あんたたち!!変な空気、醸し出してんじゃないわよ!」
ナミは、ビシッと中指をつきつける。

「なんだ!?サンジ、のこと好きなのか??」
ルフィは、ストレートに聞く。

「オイオイ、いくらサンジが女好きだからって、は男だぞ」
ウソップの言ってることの変なツッコミが入る。

「いや、わかんねぇぞ、海の上の生活が長すぎて、女好きってのは見せ掛けで、本当は、男色家なのかもな」
ゾロが、したり顔で言う。

「なんだ、サンジ、そうなのか?」
チョッパーは、純真な瞳をきらきらさせて、確認する。

「て〜め〜〜〜〜〜ら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜オロス!!!!」

「「「「「ギャーーーーー」」」」」

GM号に悲鳴がこだまする。

すっきりとした顔の
顔を真っ直ぐに上げ、自らの生い立ちを説明していく。

クルー達の反応は、それぞれで、それでもが笑っていたので、一同に安心した。


  

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