「っ! 」
俺は、疲れきった顔のエリノアさんから、むずがるを抱き上げた。さめざめと泣くの涙をぬぐってやるが、涙は止まらねェ。いつものように、赤ん坊を抱くみてェに立て抱きで、とんとんと背中を軽く叩いてやり、ぐしゅぐしゅ泣くに、低い声で
「よしよし、どうしたんだ? ……ンマー怖い夢でもみた……か」
とあやす。
寝ぼけてるくせに、俺に気がついたかのか、の体のこわばりがなくなり、甘えたように首にすがりついてくる。
「アイシュ〜、いっちゃいやぁ〜」
「ンマー、。俺は、離れていかねェから。いつもそばにいてやるよ」
とうさまだったんじゃねェのかよ。なんで、今日は俺なんだよ。とうさまから昇格したっていうのか。何にだ。
むずがるの背をなでながら何度も同じ言葉をささやいた。
「どこにも行かねェよ」
そのうち、は落ち着きを取り戻し、寝息がすぅすぅと軽くなった。
俺は、ほっとしたら、さすがに抱っこに疲れてきた。昼間の遠泳のあとだぞ。普段泳ぐはずのねェ荒波は、俺の体を思ったより疲れさせていた。
まぶたが重くなってきて、抱っこしたまま、のベッドに転がった。
やべェ〜よ。寝ちまいそうだ……起きなきゃいけね……ェ、と意識がうすれていく。しかし、起きようとする俺を、エリノアさんがもう少しそのままでって顔でその場にとどめた。
エリノアさんの優しい良い匂いのする手が、赤ん坊を眠りに誘うように、トントンと俺の背中をなでる。それは、心地よいリズムだった。母親に甘やかされるってのはこんな感じなのかって思った。
俺の腕の中で、安心しきって眠るの寝息、俺の背をなでる優しいエリノアさんの手……。
ンマー、そこから記憶がねェよ。
次の日、のベッドで目覚めた俺は、呆然とした。
ンマー、信じられねェし。十七で同衾か。しかも相手は六つのちびかよ。いくら六つのちびでも、俺と寝るのは、まずいだろう。若い俺は、しっかり朝立ちだってするんだぜ。こんなちびに手をだす気なんか、さらさらねェが、がびっくりするだろう。
ンマー、頭抱えたよ。
うわさしか町を潤すものはねェのか、この町のやつらときたら
『トムズワーカーズの若い弟子が、六つの娘に手ェだしたってよ』
『ほう、そりゃ海パンのほうか? 』
『違うって、驚いたことに、兄弟子のほうだっていうじゃねェか』
なんてことを言い出しかねねェよ。
『最近、トムんとこの若ェのが、ウィル造船所の屋敷に入り込んでるみてェだな』
『あそこのエリノアさんは、若くて綺麗だからな。若ェのが通いつめるのも無理ねェな』
『娘っこのちゃんが、よく海パンと遊んでるだろう? 』
『俺は、兄弟子と一緒にいるところを見たぞ』
『奥方を手なずけるには、まず娘からってか? 』
なんてうわさがまわってるのを、つい先日聞いたばかりだ。
俺は十七のガキだけど、ガキじゃねェんだ。そういう眼で世間がみるかもしれねェことぐらい、わからなけりゃいけなかった。
ンマー、俺がどう言われようが、どうでもいい。俺にやましいことなんかねェんだから、堂々としてりゃいいんだ。
だが、がそんな眼で見られたり、エリノアさんの評判が地に落ちるのだけは避けなきゃいけない。
朝霧が立ち込める中、俺はこっそり裏口から屋敷を抜け出した。ほっとしたことに、普段なら町が動き始める時間になのに、人っ子一人いない。アクアラグナのせいで、みんな家に閉じこもっているからな。
その日から、が遊びにくるまで、十分に考える時間はあった。俺はうわさにならねェように、エリノアさんとの距離を遠ざけることにした。ンマー、つまりだ、屋敷に滅多に顔をださないようにした。十七の若造の考えることなんか、それくらいしかねェだろ。ほのかな憧れは、エリノアさんにとって迷惑にしかならねェからな。恋心に育つ前に捨てちまうことにしたよ。
美人で未亡人のエリノアさんは、町の注目の的だった。だが、本人はまだ旦那が帰ってくると信じているみてェで、どんな誘いもすげなく断る。ンマー、を手懐けようと目論むやからもいたみてェだが、お転婆なは手懐けられるタマじゃねェ。それでも、ちょっかいをかけてくるやつには、警戒心バリバリで、火がついたように泣き出すからな。
は、あいかわらず、廃船島にきては、フランキーと遊んでいた。俺と過ごすはずの日は、俺は屋敷に行かねェから、家庭教師を連れてやってくるようになった。
ンマー、一緒にお勉強ってヤツだ。内容はまったく違うがな。
家庭教師がいても二人きりというのは、まずいから、バカンキーの首ねっこ捕まえて、つきあわせてやった。あいつが、九九ができるようになったのは、俺のおかげだろうよ。
ンマー、かなり暴れたがな、の一言でおとなしくなったのには、笑った。
「フランキー、よりバカ? 」
「うるせェ、ちびに負けるかよ」
ンマー、家庭教師も大変だな。のジュニアスクールの勉強にくわえ、俺に町の歴史やら公用語のスペルなんかを教えなきゃいけねェし、フランキーにジュニアスクールの基礎も基礎から教えなきゃならねェ。俺は、知ってることもあれば、知らなくて恥をかくこともあった。
フランキーも当然、わからねェことだらけで、ちんぷんかんぷんだったみてェだ。わけわからねェってツラみてるだけで、溜飲がさがったぜ。
日頃の行いを悔やめ、バカンキー。
って思っていた。