アイスバーグの元を離れてから四年、私は二十三になった。アイスバーグは三十四に……。十一の年の差も今なら笑い飛ばせる気がする。
あの日、母から誤解だと言われた日に見つけた一軒の花屋で、私は働いている。
働いたことのない私にとって、花屋の仕事は何もかも新鮮であり、戸惑うことの連続だった。水を扱う指先が割れる日もあった。屈むことの多い作業に腰が痛み、綺麗に揃えられた爪が土まみれになることもあった。薔薇の棘がささるたび、流れ出る赤い色に、生きていることを実感した。
ささくれだっていた心が、植物の世話をすることで癒されていくような気がした。花屋を訪れる人の顔に、人生の縮図を垣間見るような気がする。自分だけが辛かったのではなく、あの時、アイスバーグも辛かったんじゃないかしら、と思うようになった。
それでも、私はまだあの町に帰れない。
『俺を憎んで生きていけ』
と言ったアイスバーグの瞳が忘れられない。
アイスバーグは、私を望んでいないんだ。そう思うと……海列車に乗ってアイスバーグに逢いにいきたい気持ちがすっとさめていく。
アイスバーグという人を愛したこと、今も愛していることと……失ってしまった確かな証を心の支えにしていた。
懐かしいアイスバーグの笑顔。『ンマー、困ったヤツだな』となだめる手の温かさ。子どもの頃にかけがえのない愛情をいっぱい貰った。
それだけで十分、私は生きていける。アイスバーグがしめしてくれた私を愛しむ感情は、父として兄としてのものだったかもしれない。それでもいい。愛されていたという確かな思い出が私にはある。
海が荒れ狂う日、アクアラグナがあの町を襲っている日は、涙がとまらない。
大好きなアイスバーグ、私を抱いて捨てた男。そんなふうに思いたくもないのに……。
『ンマー、。俺は、離れていかねェから。いつもそばにいてやるよ』
『どこにも行かねェよ』
うそつき……。子どもだった私の背中をアイスバーグの優しい手がなだめるようにさすり、温かい夢の中に誘ってくれた。
どうしようもなく……泣いてしまう。あなたの手が恋しい。あなたの膝が忘れられない。
どうして、離れてしまったんだろう。どうして、帰れないんだろう。答えはわかっている。アイスバーグの拒絶が怖いから。
あの日、アイスバーグの口から放たれた言葉『俺が憎いんならそれでいい』
その意味を、どう理解しろというの。
愛のない行為をさせてしまった私を責める言葉? それとも『お前を愛していない』という言葉?
初めてだった私、フランキーとつきあっていると思っているアイスバーグなりの謝罪?
わからない。母の言葉を信じるなら……アイスバーグなりの謝罪だ、と受け止めることができるけれど、アイスバーグの冷ややかな視線は、今も私を凍りつかせる。
背中を優しくなでる手の温もりにすがりつくように眠りにつく私を、遠くであなたが呼んでいるような気がする日。あの町をアクアラグナが通り過ぎる夜、あなたに抱かれる夢をみる。
『、愛している』
そう、あなたの唇が動いたような気がして、苦もなく受け入れる私の体。
愛している、愛しているとリフレインするあなたの声。そんなの全部まぼろしさとわかっているからか、
『アイスバーグ、愛している』
と告げようとすると、あなたの姿は消えてしまう。
泣きわめく私を慰めてくれる人を求めて、
『アイシュ!!! フランキー!!!』
と、夜中、泣き叫ぶ自分の声に目が覚める。
ここにアイスバーグ、あなたがいないことが悲しくてしかたない。
自分で離れてしまったのに……。逢いたい。逢いたくて……逢いたくてしかたないのに……帰れない。
失ってしまったものの尊さに、あなたに申し訳なくて……涙は頬をすべりおち、あの日のようにシーツを濡らす。
過去を悔やんでも仕方ないのに、アイスバーグのしめしていてくれた愛、子どもとして妹として愛されていた確かな記憶を胸に生きていこうとしているはずなのに……どうしても涙はとまらない。
『自己憐憫もいい加減にしなさい』と叱りつける私がいる。その裏側で、アイスが恋しくて仕方ない私がいる。
フランキーが死んでしまったこと……私を慰めてくれる確かな手のないことが、辛くて……自分がどうにかなってしまうんじゃないか、と思った。