涙さえ奪って

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14、戦い方


 を手放してから、四年の年月が経ち、俺は三十四になり、は二十三になっただろう。
 不思議なもんだ、の年があがるほど、十一の年の差が縮まった気がしてくる。
 ンマー、今頃は大輪の花を咲かせているだろうなァ。どんな色になっただろう。会いにいけるもんなら、遠くからでいい……ひと目でいいから見てェもんだ。いけるわけがねェのにな。

 と別れてからも、アクアラグナはこの町を襲う。ンマー、俺は、アクアラグナが嫌いだ。だがな、好きでもある……を思い出すからな。むずがるちびだったの可愛らしさ。それが、俺の心を捉えて放さねェなァ。それが俺の救いでもある。

 セント・ポプラのは、無事でいるんだろうか。あれから、夜中の発作は起きてねェか? 涙はお前の手に戻ったか……。
 ンマー、俺もフランキーも、結局、お前の前からいなくなっちまったなァ。

『アイシュ〜、いっちゃいやぁ〜』
『ンマー、。俺は、離れていかねェから。いつもそばにいてやるよ』
『どこにも行かねェよ』
 そう言ったあの日の俺を、、お前は覚えているか。俺は思い出すたびに、お前にすまねェ気持ちで胸がいっぱいになる。



 ンマー、最近、俺も年をとったもんだ、とよく思うなァ。いつだって、起きてるときに思い出すのは、の笑顔。ちびだった頃の笑顔だ。の笑顔を思い浮かべるだけで、どんなきついことでも、頑張れるってもんだ。
 昼間の俺は、しっかりと地位を固めていった。政府相手の仕事を請け負うなんざ、したくもねェもんだが仕方ねェ。
 俺の手は、戦う術を持たねェ船大工の手だ。ンマー、ガレーラの職長たちみてェに戦うことができたなら、違う道もあっただろうがな。あいにく、俺は頭脳派なんでな。ガレーラカンパニーの名を轟かせることと、市長という名の権力を手にすることが俺の戦い方だ。
 そうしなければ、俺は何も守り通すことはできねェからな。



 ンマー、泣き顔を思い出したくねェんだろうな。アクアラグナの夜、忘れちまいてェのに、夢の中で見るのは、決まってあの日のだ。俺に背をむけて、声を出さずに泣く

 ンマー、たまらねェなァ。あの日をやり直すように、どれだけ優しく抱いても、お前は泣いてしまう。

 青白い薔薇を抱えたお前の冷ややかな瞳が、俺を射抜くようにみつめる。薄い紫の花びらが、俺の前で、はらはらと散っていく。お前の体が青白い花びらで覆われて消える。
 それをみて、俺はこらえきれず泣くんだ。

 姿のみえねェお前に許しを請うが、許されるはずもねェから、俺は決まって泣く。

 夢の中でくらい、許してくれたっていいんじゃねェか。
 でも、お前は許してくれねェなァ。
 ンマー、当たり前だなァ……。許されることを俺が望んでいねェんだから。

 さめざめと泣きぬれて起きた朝、お前に逢いたくて逢いたくて仕方なく、また涙が自然にあふれてしまう。
 ンマー、おかしいだろうなァ……滑稽だろうなァ。オイ。三十四になり、市長になろうとする男が、たった一人の愛しい女を求めて泣くんだぞ。
 お前が泣かねェ分、俺がお前の涙を流しているんだろうなァ。


 もう、お前を癒してくれるヤツができただろうか……。癒してやれるのは俺だけなハズなのに……なァ……。俺を忘れて、幸せになっていてくれ、と願うがな。そんなことを考えるのが、悔しくて仕方ねェ。お前が俺を忘れてしまうのがいやだ。忘れられるくらいなら憎んでくれていたほうがいい。離れて過ごす時が長くなるほど、、お前が恋しい。俺は狂っているのかもしれねェなァ……。

 夢の中で、お前が笑ってくれる日はくるんだろうか。アクアラグナの去った日は、そんなことばかり考えていた。






「カティ・フラム」
 この名を聞く日がくるとはな。

「おれ達はいつまでも変わらねェなァ……顔をつき合わせりゃどなりあって……」
「この先もおれはお前を許さねェし……お前も、そうかもしれねェが、フランキー……」
「……!! てめェ……本当に……!! 生きててよかったなぁ…………!!! 」

 俺は、また泣いたな……。懐かしい顔、見たくもねェツラなのになァ。いいや、見たくもねェツラじゃねェなァ……。フランキーが生きていたことが、とんでもねェ贈り物みてェで……なァ。
 俺は、幸せだったあの頃、海列車に夢中になったあの日々、挫折と栄光をつかんだ日々を共に過ごしたフランキーが生きていたこと。それが嬉しくて仕方ねェ。
 トムさんから譲り受けた腕と設計図。守り抜くために、必死で一人で生きてきた。俺一人で背負えきれるもんじゃねェ。
 たとえ俺が市長になろうとも、世界政府の仕事を請け負う造船会社の社長だろうとも、いつか、俺は政府の手に落ちるだろう。俺が落ちちまったら、誰がこの設計図を守るんだ。ガレーラの若頭に受けきれるもんがいるか……。パウリーには荷が重過ぎるだろうよ。トムさんから受け継いだもんは、おれ達二人で背負うもんだ。
 ただ、兄弟子として俺は……フランキーお前にむごいことをしたのかもしれねェなァ。

はセント・ポプラにいる。迎えにいってやれ。そのまま、夢の船造って二人で島を離れろ」

 そう言ってから気がついた。すまねェなァ。そんな爆弾かかえて、を守れるわけがねェ……。

 ンマー、をまたひとつ泣かせることになっちまったなァ。お前が生きて帰ったと知れば、は喜びの涙を流すだろう。あの日の涙も癒すことになるだろうなァ。に涙が戻るきっかけにもなっただろう……。その機会を、俺は奪っちまった。

 フランキー、お前は俺とは違う考えを持っているだろうが、を守るという事に関しては俺と同じ思いなハズだ。お前はに決して会いに行きはしねェだろう。
 俺がを幸せにしてやることができねェんなら、を幸せにしてやれるのは、お前しかいねェ、と思っていたのになァ。
 ……俺は、から何もかも奪うしか能のねェ男なんだろう。すまねェ。


 俺は、心の中でふたりに謝ることしかできなかった。


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