アイシュ〜わぁーん!
ンマー、まったく、お前も困ったもんだな。
だって、バカンキーが、バカンキーが、びぇ〜〜〜ん!
ンマー、泣きやめ。
「アイス! フランキーがバカンキーって、どういうことよ」
「ンマー、帰ってきたか! 。お前老けたな」
「ほっといて! あんただって十分おっさんくさくなったわよ。何、その変な頭は?」
「ンマー、わけあってのことだ」
「知ってたんでしょう……知っていて、私に黙っていたんでしょう?」
「ンマー悪かったな。知らねェでいたほうが幸せなことだってある」
「だからって……だからって……」
ンマー、また、泣かせてしまったな。
アイスバーグの長い回想が始まる。
お前を初めてみたのは、いつの頃だったかなァ。あれは、俺が十六。バカンキーが十二だった年。忘れもしねェ、トムさんが海列車パッフィング・トムを作ると宣言した年だった。
ンマー、フランキーのヤツが手伝いもしねェでうろつき回ってるのに頭にきた俺が散々探したあげく、下町の塀から何かを伺ってるバカンキーをみつけたんだったな。うろたえたツラできょろきょろしてるから、なんだコイツって思いながらどやしつけてやろうと近寄っていくと、あのバカは、助かった! ってツラしやがった。ンマー、まぬけ顔に噴出しそうになって無理やり我慢したのを、よく覚えているよ。
口を閉ざせってゼスチャーして塀の裏覗けってやるから、覗いたら、お前がいた。
なんだ、知らなかったのか? ンマー、そうだ。お前を最初に見つけたのはフランキーだった。
お前は、ブルーのシフォンドレスを着て、いかにも良家の子女ですって格好でシクシク泣いていた。
ンマー、考えてもみろ。海パン姿の下町育ちのバカンキーだぞ。そこらのたちの悪い少年どころじゃねェな。良家の子女らしい女の子にうかつに声をかけたら、どうなるか……ンマー、わかるだろう? 今ならな。
ンマー、よく見てみれば、ドレスにでかいかぎさき作って膝小僧はすりむけちまって、くしゃくしゃになった頭には、よれよれになったリボンの残骸と葉っぱがついて……。バカンキーと一緒にいたら、性犯罪の被害者みてェに見えるだろう?
ンマー、殴るなよ。
しかも、お前いくつだったか覚えているか? そうだ。五つになったばかりのちびだったな。余計始末が悪いじゃねェか? フランキーがおろおろしていたって仕方ないだろう。
『ンマー、はでに転んだな? お嬢ちゃん』
おれが声をかけるしかねェじゃねェか。それでもタオルかぶった職人姿のあんちゃんだ。びびったお前は、いっそう泣いた。
『ンマー、泣くな。おい……』
『アホバーグ、泣かせんな! どうすんだよ。これ?』
『うるせェな。ンマーおちびちゃん、これやるから泣くなって』
ポケットに入れていた水水飴を出した途端、泣き止んだから助かったが、しゃくりあげながら言ったな。
『ひっく、ひらないひとから、もらったらラメらもん』
『俺を知ってるだろう!? ン〜スーパーっ! フランキーを』
『かいぱんおとこは……へんたいらから、ちかよっちゃラメって、ばぁやがいってた』
『ンマー、ばぁやのいうことは正しいな』
頭のタオルをはずして、それで涙をぬぐってやっておまけに鼻までかんでやったのに、お前ときたら……
『あしぇくしゃい!』
変態といわれへこんでいたバカンキーは、大うけして笑いやがった。それにつられて、お前もにっこり笑ったな。天使みてェな笑顔でな。
ンマー、その時からだったな。お前は、ずいぶん長い時間、俺たちをトリコにした。
知らなかったって? ウソつけ。お前は、知っていたはずだ。
どんなに、フランキーがお前を甘やかしたか。
どんなに、俺がお前を愛しんだか……。