微妙な19の御題






08.手を伸ばせば、すぐにあなたに届く距離で







「で、どうするつもり? 」
横にひそむ男に、はちらりと視線を送る。男のこめかみがぴくりと動き、ぐる眉がどうしたもんかねぇ〜といった風に寄せられた。
懐から取り出したタバコに火をともす男の横顔に、はこの先男がとる行動が手に取るようにわかった。

「やっるっきゃねェでしょ」

余裕すら感じるほどの言葉に、思わず苦笑がこぼれた。

「ほんと、バカね」
「おれがバカなら、あんたはアホだ」
「そう、お互い、損な性格よね」

「危なっかしくて……バカな子」
「危なっかしくて……バカなレディ」
二人の視線が合わさり、お互いの頬につく血のりを指先がぬぐう。触れ合う時間など残されていない。

「こんな傷つくっちまって……せっかくの肌が台無しだな」
「舐めときゃ治るわよ」
「じゃ、遠慮なく」
「っちょっ! 」
頬をなでていた指に顎をつかまれ、キスをされそうになり、思わず抗議の声をあげた。

「あれ? お誘いじゃねェの? 」
「エロコック……」
「お褒めに預かれて光栄です」
「褒めてないわよ。……ある意味褒めてるかな? まぁいいわ。コレ飲んで」
の手に丸い丸薬が三つあった。

「なんですか? それ? 」
「精力強壮剤」
「マジ? おれ? 」
「バカ、これ飲んでもう一回戦いくわよ」
「がんばります」
「あ……でもさ、記憶飛ぶけどいい? 」
「えっ? 」
「そのかわり……痛みはなくなるわ。私も飲まなきゃ……たぶんムリね」

ちらりとサンジのすらりとした肢体を覆うものに目をむけた。
白いはずのシャツが乾いたどす黒い血と乾ききっていない鮮明な赤で彩られている。
上半身がこれならば脚にもそうとうケガを負っていることなど、容易に推察できる。
現にサンジはさりげなく自分の右足をかばっていた。体重をのせることが出来ないようだ。
もまたサンジに負けず劣らず傷を負っていた。左肩がしびれて感覚がすっぽりと抜けている。
サンジの目が傷を確認するように向けられ、その瞳の中にある色に、は一瞬心が揺らぎたじろいだ。

「記憶が飛んでもいいさ。あんたが生きて帰れればな」
にっと笑うサンジの少年のような顔に、の頬が緩む。
「じゃ、二個いっときなさい。切り抜けるわよ。ここをね」
「了解、レディ」

丸薬を口に放り込み、周りの状況を伺うべく身を乗り出す。

周囲は敵に囲まれている。
どんだけ湧いてでたんだこりゃ?
と呆れるほどの人数に囲まれていることに、サンジはため息をもらした。
「所詮、雑魚」
ぽつりと漏らした言葉に、がふきだした。
もひょいっと頭を出し周囲を見渡し、背中越しにサンジをみた。
二人の視線が絡まる中、サンジの銜えたタバコが焦げていく音だけが聞こえていた。


――手を伸ばせば、すぐにあなたに届く距離で 、おれは何をやってるんでしょうね
――手を伸ばせば、すぐにあなたに届く距離で 、私は何をやっているの。


「行くぞ、遅れんなよ。レディ? 」
「オッケー、サンジ」

先に何が待ち構えようとも、生きてメリーに帰る。仲間の下へ。




満身創痍の二人に、丸薬は確かに効いた。
数十人いや数百人からなる敵をつぶし、無事にメリー号に帰ってこれたのだから。
そのかわり、サンジは二日記憶が飛び、は一日記憶が飛んだ。

サンジが覚えているのは、最後にかけあった言葉から先の出来事で、
その言葉も、今までのお互いの関係では考えられないほど親密な気がしてサンジは気が気でない。

「いったい……おれは何を忘れちまったんだ? なんだかとんでもねェ大事なことだった気がすんのは気のせいか? 」
穏やかに進むメリー号の甲板で、サンジは物思いにふけっている。
そんなサンジを見張り台からが見つめていた。

「これでよかったのよ……生きて帰れたでしょ……サンジ」
の記憶に残るサンジが忘れてしまった一日の出来事。それを思い出しの頬が緩む。
は、寂しげでありながらも、どこか嬉しそうな微笑を浮かべ、目を閉じた。











2009/12/9

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