微妙な19のお題 すれ違った瞬間に感じるときがある。 ああ、この人には、甘えちゃいけないって…… とても悲しいことだけど……辛いことだけど、 守りたいんです……弱い自分を。幼い自分を……。 01.ただ、偶然かもしれなかったあの瞬間 <はじまり> 「サンジくーーん!遅かったわね」 ――にこにこと、常に笑みを絶やさない貴女を、俺は、どうしたいんでしょう? 貴女は、いつも笑ってる。戦いの最中でも常に頬に笑みを浮かべて。俺は、必要ないんでしょうか? 「さん。クソッ心配しましたよ。お怪我は、ありませんか?」 「ふふっ、私が、怪我をしたことがあって?ぐる眉王子は心配性ね」 は、サンジの頬をつんと指先で弾き、心配のあまり抱きついてきたサンジに、軽く抱かれるまま身を預けた。 数時間前、GM号は、十数艘からなる海賊団に襲われた。 船長ルフィー、ゾロ、サンジの攻撃主力部隊は、各自敵船に飛び込み、それぞれの攻撃力を最大限に引き出し、 敵船を沈めていった。また、GM号の留守を任されたウソップ、チョッパーロビンは、敵船から乗り込もうとする敵を、 果敢に己の持つ能力をふるに使い、GM号を守っていた。誰もの手が、忙しく動き、誰もが目の前に連なる現実だけに 気を取られていた。そんな時に、風に天候の陰りを感じたナミの指示が矢継ぎ早に出されるが、 クルーが少なくてはどうにもならない。こんちくしょーと喚くウソップとチョッパーが操舵室に駆け上がり、 ロビンの無数のに咲く腕が、帆を操る。必然的に、GM号の守りが薄れ、嬉々とした敵船クルーは沸きあがり 手に無数の武器を持ち、GM号に桟をかけた。 そんな中、目の前をふさぐ敵船に、が乗り込み、GM号を逃がすように戦いはじめたのは当然のことだった。 軽く風に乗り自慢のシャリベンを掲げ舞い降りる女に、敵船のクルーは、一瞬天女の舞いを見たように見惚れたが、 軽い微笑を浮かべたまま、軽々と重い槍を操り空の舞い、自分たちを切り裂く女に、誰もが、女の背に夜叉を見た。 シャリベンを一振りするごとに、身体が空に舞うごとに、降り立つの後ろには屍の山ができあがっていった。 サンジは、がGM号の正面の敵船に乗り込むのを、見た瞬間、凄まじい痛みを感じた。 その痛みがなんなのか突き詰める暇もなく、ただ心配で己の無謀さなど何も考えず、直ちに行動に移った。 サンジは、隣の船で戦うルフィーにむかい、大声で叫んだ。 「クソッゴムーーーーーーーーーーーーー!!俺を飛ばせ!!!」 しっしっしっと笑うルフィーの腕がぐーんと伸び、サンジの襟首を掴み、の戦う敵船にサンジは難なく吹っ飛ばされた。 バフッと、敵船の帆がサンジを受けとめたからよいものの、甲板に叩きつけられたら、どうなったか。骨の一本や二本折っただろう。 GM号のクルーは少々変っているようだ。己の傷などどうでもいい、サンジの騎士道精神は、サンジ自身を傷つけるだけでなく 周りの者も傷つくことに、この時、サンジは、気がついていなかった。 GM号に、あらかたの敵船を沈めたルフィーゾロが戻ったとき、グランドラインの不可思議な天候が襲い、 とサンジの乗る敵船との距離を、あっと言う間に引き離していった。 抱きつかれて、戸惑ったものの、は、甘んじてサンジの抱擁を受け入れた。 サンジから、布越しに伝わる僅かな温もりが、の戦いで高揚した心をゆっくりとほぐしていく。 辺りに転がる敵船クルーの呻き声と海鳴りの音が、サンジの耳から消え、預けられたの鼓動が、 静まっていく感触だけが、サンジを取り囲んでいった。 サンジが腕に抱く女。は、強かった。グランドラインを目的を持ち一人旅をするが、強いのは、当然のこと。 この海は、強い者しか渡れない世界なのだから。自分を守るために、敵は排除する。それも当然のこと。 そんなが、GM号にクルーとして乗船しているのは、ただ気が向いただけのことだった。 「敵船に一人で乗り込むなんて無茶……しないでくださいよ」 「クククッ、ごめん。血が騒ぐの……。ねぇ、もう離してくれない?」 のサンジからは見えない表情が、陰りを帯びていく。 唇をぎゅっとかみ締め、瞼から今にも零れ落ちそうな涙を、サンジに悟られぬように、一瞬サンジの胸に顔を埋め ふっと息を吐き、サンジを見上げたの顔は、晴れやかな笑みを浮かべていた。 「あぁっ!すみません。さん。俺……」 「ん?ナニ?サンジくん」 「いや、なんでもありません。ああ、メリー号がもうすぐ追いつきますよ」 敵の返り血を浴び夕日を背に微笑むに、サンジは見惚れ、次に言おうとしていた言葉を忘れた。 戸惑い、慌ててそらした視線の向こうに、GM号を見つけ、サンジの顔が緩んでいく。 赤い炎のような夕日がを包み、風に揺らめく髪がきらきらと光を受け反射し、影になった表情は見えなくなった。 の薄い微笑みを浮かべた唇だけが、唯一、サンジから見てとれた。 の唇が薄く笑いサンジに背を向けた瞬間、夕日に照らされた表情に、サンジは、我が目を疑った。 ほんのまばたきする一瞬に、サンジの蒼眼が捕らえたの顔は、サンジの心をしめつけ捉え離そうとしなかった。 ――ただの偶然かもしれねェ……が、この瞬間が俺を は、サンジに背を向け、遥か遠くの夕日の中に浮かぶGM号に視線を向けたまま、とうとつに切り出した。 「ねぇ、サンジくん。優しく……なんかしないで。私は、普通に接してくれたほうがいいわ。」 「えっ!?」 思いもかけないこの場面、敵船の上での会話にあうとは思えないの言葉に、サンジは、きょとんとし 咥えかけたタバコをぽろりと落とした。 の意図を掴めないサンジは、首を捻りながら、甲板の手すりまで転がったタバコを拾うために、 の足元に、しゃがみこんだ。 その際、の手がきつく手すりを握り締め、指先が白く震えていることに気が付いた。 「私は、レディ扱いされるの苦手なの……。ねっ!サンジくん。」 「……どうして?」 拾ったタバコに火をつけながらサンジは、の横に立ち、GM号に身体を向けたまま自分と視線を合わせない の答えを待った。 の表情は、いつも微笑を絶やさない。永遠につけるつもりの仮面だから。 の内に秘める女が、泣き喚く。胸の奥底に固く封じ込めたものが、出口を欲しがり暴れ出す。 独りで生きることを選んだときから、ずっと無視し続けてきた心の中に潜む捨て去ったはずの過去の弱い自分が この男の前だと、うっかり出てしまいそうになり、常に避けてきた。 誰にも見せない心の内側。常に自制心を持ち、感情の喜怒哀楽の哀の部分はない女として振舞ってきた。 心の中で弱い子供が悲鳴をあげるたびに、冷静に自己分析し、そして理論で制してきた。 何故?強くありたいから……に誇れるものがあるとしたら、唯一それだけだった。 「……貴方の見せ掛けの優しさなんて、いらない」 「なっ!!!俺は、そんなつもりは……」 「いいえ。貴方のレディの対する態度は、上っ面だけ。仮面よ。違って?」 否定しかけたサンジを、の強い口調が遮り、サンジに向けられた微笑を浮かべる顔が の心の内を隠し、笑わない瞳がサンジを射抜いた。 「ちっ!まいったな……俺は、そんなに貴女に嫌われてたんですか?」 「嫌い……。分からないけど、そう…なのね……たぶん」 GM号の日常では考えられない程、近いところに立つ二人。手を伸ばせば抱き合える距離。 唇を奪うこともサンジなら容易いことだが、サンジの手はだらりと垂れ下がり、じりじりと焦げるタバコの煙だけが を包みこんでいった。 「俺が仮面をかぶってるってんなら……、貴女はどうだい?貴女は仮面をかぶってねえって言えんのかよ?」 は、はっとして、サンジの顔を振り仰いだ。 サンジの顔に浮かんだ表情に、は、張り付いた微笑みという名の仮面を被り忘れた。 仮面を脱いだの表情に、サンジは、ぴくりと微かに眉をひそめたが、何も言わずに、凝視し続けた。 GM号が近づくまでの時間は、二人の間に、確実に消せない歪みをもたらしていった。 二人の間を、グランドラインを駆け抜ける風が、すり抜けていった。夕日に照らされた水面を小魚の群が泳ぎ去り、 それを追うように、海鳥がざわめき、水面に舞い降りる海鳥の影が大きく伸び、 捕まえた小魚の腹をきらりと見せ飛び立っていった。 ――ただの偶然かもしれねェ……が、あの瞬間が俺を、堕とした。 あの一瞬見えた顔、貴女の……なのかい。 2009/8/31 改訂 |